第18帖 松風 / 第2場面
大堰の旧邸
あらすじ・人物・読み方
入道は、母君の祖父・中務宮の領地だった大堰川のほとりの荒れた旧邸を取り戻そうと、宿守の男を呼んで交渉する。源氏の威光を背に修理は急ぎ進められ、源氏も入道の心づくしに感じ入る。
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現代語で読む
昔、母君の御祖父、中務宮と申し上げた方が領有なさっていた所が、大堰川のほとりにあったのを、その御後は、きちんと引き継ぐ人もなく、長年荒れるにまかせていたのを思い出して、その当時から伝わって宿守のようにしている人を呼び寄せて相談する。
「世の中を今はもう終わりと思い定めて、このような住まいに沈み始めたけれども、晩年になって、思いがけないことが起こって、さらに都の住まいを求めることになったが、急にまばゆい人中に出るのは、たいそうみっともなく、田舎びてしまった心地も落ち着くまいと思い、古い所をたどろうと、思いついたのだ。ふさわしい物は差し上げてお渡ししよう。修理などをして、型のとおり人が住めるように繕ってくださるだろうか」
と言う。預かる者は、
「この長年、領有する人もいらっしゃらず、みすぼらしい有様になっておりますので、下屋を繕って宿っておりますが、この春の頃から、内の大殿〔源氏〕がお造らせになる御堂が近くて、あの辺りは、たいそう気ぜわしくなっております。立派な御堂を幾つも建てて、多くの人が、造営に携わっているようです。静かなのが御本意なら、それはお気に召さないでしょう」
「何だ、それも、あの殿の御蔭に、片隅なりとも頼ろうと思うことがあってのことだ。自然と、追い追いに内部のことはしよう。まず、急いで大体のことをしておくれ」
と言う。
「自分の領有する所ではございませんが、また事情を知り伝える人もいないので、人目を忍ぶのが習いで、長年隠れておりましたのです。御荘園の田畠などが、むなしく荒れておりましたので、故民部大輔の君に申し上げていただき、ふさわしい物などを差し上げて、領有し耕作しております」
などと、その辺りの蓄えのことなどを危なっかしく思いながら、髭だらけでこざっぱりしない顔を、鼻などを赤らめながら、ぽつりぽつりと言うので、
「まったく、その田んぼなどのようなことは、こちらで知るべきではない。ただ長年のように思ってしておくれ。証文などはこちらにあるけれど、すっかり世の中を捨てた身で、長年ともかくも尋ね知らなかったのを、そのことも今詳しく書き定めよう」
など言うにつけても、〔宿守は入道の背後に〕大殿の気配を感じるので、面倒に思って、その後は、物などを多く受け取って、急いで造った。
このように〔入道が〕思いついているともお知りにならず、〔明石の君が〕上京することを億劫がるのも合点がいかずお思いになり、「若君が、そんなふうにひっそりとしていらっしゃるのを、後世に人が言い伝えるだろうに、今ひとしお、人聞きの悪い傷になるのではないか」とお思いになると、〔大堰の邸を〕造り上げてから、「これこれの所を思い出した」と〔入道から源氏へ〕申し上げさせた。「人と交わることを苦しそうにしてばかりいるのは、このように思っているからだったのか」と合点なさる。「捨て置けない心の用意だな」とお思いになった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第18冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。