ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第18帖 松風 / 第4場面

明石の別れ

あらすじ・人物・読み方

出発を前に、入道と尼君は若君を抱いて名残を惜しみ、別れの歌を詠み交わす。入道は長々と身の上を語って聞かせ、姫君の一行は辰の刻、舟でひそかに明石を発つ。

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親しい人々を、たいそう人目を忍んで〔明石へ〕下して遣わす。〔明石の君は〕逃れがたくて、今はいよいよ出発と思うにつけ、長年過ごした浦を離れることが、しみじみと悲しく、入道が心細く一人残ることを思い乱れて、何かにつけて悲しい。「どうして、こんなふうに、心を尽くし始めた身なのだろう」と、露の情けもかからない者たちが羨ましく思われる。

両親も、このようなお迎えで上京する幸せは、長年寝ても覚めても願い続けてきた志が叶うことと、たいそう嬉しいけれど、〔娘と〕会って過ごすことがなくなる寂しさが堪えがたく悲しいので、夜も昼も思いぼけて、同じことばかりを、「それなら、若君を拝見しないでは、いられようか」と言うよりほかのことはない。

母君〔尼君〕も、たいそうしみじみとしている。長年の間でも、同じ庵に住まず離れていたのだから、まして今さら誰によって〔娘を〕引き留めることができようか。ただ、かりそめに行き会う人の浅はかな語らいでさえ、見慣れ親しんで、別れる時は、ただごとではないように思われるのに、まして、〔娘は〕見てくれも地味で気立ても頼りなげだけれども、またそういう点では、「こここそ、生涯を終えるべき住まいだ」と、尽きない命もここまでと思って約束して過ごしてきたのに、急に行き離れるのも心細い。

若い人々は、〔これまで〕寂しく思い沈んでいたのが、嬉しいことながら、見捨てがたい浜の様子を、「もう二度と帰れないだろう」と、寄せる波に添えて、袖を濡らしがちである。

秋の頃なので、もののあわれが取り重なった心地がして、その日という暁に、秋風が涼しくて、虫の音も絶え絶えなのに、海の方を見やって座っていると、入道は、例によって、夜更けから早く起きて、鼻をすすりながら、勤行をしていらした。たいそう言葉を慎むけれど、誰も彼もたいそう忍びがたい。

若君は、たいそう可愛らしく、夜に光る玉のような心地がして、袖のほかには放し申し上げたことがなかったのを、見慣れてまとわりついていらっしゃるご様子などが、縁起でもないほど〔可愛く〕、このように、人とは違うわが身を忌々しく思いながら、「片時も拝見しないでは、どうして過ごせようか」と、包み隠しきれない。

行く先を遠く離れて無事を祈る別れの道で、堪えきれないのは老いの涙であったことよ。

たいそう縁起でもないことよ

と言って、〔涙を〕押し拭って隠す。尼君は、

一緒に都を出て来たこの旅なのに、今度は一人で野中の道に迷うことでしょう。

と言って、お泣きになる様子は、たいそうもっともなことである。これほど約束を交わして積もった年月のほどを思えば、このように頼りないことを頼みにして、捨てた世に帰るのも、思えばはかないことよ。御方〔明石の君〕は、

生きて再びお会いできるのがいつだと言って、限りも知れない世を当てにできましょうか。

せめて見送りにだけでも

と切におっしゃるけれど、あれこれと、そうはできない旨を言いながら、さすがに道中のことも、たいそう気がかりな様子である。

「世の中を捨て始めた時に、このような遠い国に思い下ってまいりましたことどもは、ただあなたのためと、思うように日々のお世話も心にかなうようにと、思い立ちはしたものの、わが身の至らない身分のほどを思い知らされることが多かったので、二度と都に帰って、古い受領の落ちぶれた類として、貧しい家に蓬や葎の生える有様で、元の姿を改めることもないままでいながら、公にも私にも、烏滸がましい名を広めて、亡き親の面影を恥ずかしめることの甚だしさに、そのまま世を捨てた門出であったのだと人にも知られてしまったのを、その点については、よく思い切ったものだと思っておりますが、あなたが次第に大人におなりになり、物事を分別なさるようになるにつけては、どうしてこのように口惜しい世界で錦をお隠し申し上げようかと、心の闇の晴れる間もなく嘆き続けてまいりましたままに、仏や神を頼み申し上げて、それでも、このように至らない身に引かれて、山賤の庵にお混じりになることはあるまい、と思う心一つを頼みにしておりましたが、思い寄らない嬉しいことどもを拝見し始めても、かえって身のほどを、あれやこれやと悲しく嘆いておりましたけれど、若君がこのようにお生まれになった御宿世の頼もしさに、このような渚で月日をお過ごしになるのも、たいそう畏れ多く、運命は格別なものとお思いになるので、拝見しない心の迷いは静めがたいけれど、この身は長く世を捨てた心でおります。あなた方は、世を照らしなさるべき光であることが明らかなので、しばらくの間、このような山賤の心をお乱しになるほどの御縁こそあったのでしょう。天に生まれる人が、不思議な三つの道に帰るという一時に思い比べて、今日、長くお別れ申し上げました。〔私の〕命が尽きたとお聞きになっても、後のことをお営みになるな。そうでない別れに、御心を動かしなさるな」と言い放ちながらも、「煙となってしまう夕べまで、若君の御ことを、六時の勤めにも、なお心にかけて、交えてお祈りし続けるでしょう」

と言って、この言葉に、声をひそめて泣いた。

御車は、数多く連ねるのも場所が狭く、一台ずつに分けるのも煩わしいということで、お供の人々も、ひたすら身を隠し忍ぶので、舟でひそやかに行こうと決めた。辰の刻に船をお出しになる。昔の人も哀れと言った浦の朝霧が隔たっていくままに、たいそう物悲しくて、入道は、心も晴れ果てることなく、魂が抜けたように眺めていた。これほど長年を経て、今になって帰るのにも、やはり思いは尽きず、尼君はお泣きになる。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第18冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。