第19帖 薄雲 / 第12場面
斎宮女御を訪う
あらすじ・人物・読み方
秋の雨の夕べ、源氏は二条院に移った斎宮女御を訪い、野宮の昔などを語り合う。源氏は亡くなった六条御息所への思いと、もう一つ言いさした心のうちを明かし、女御への秘めた後見の情をほのめかすが、女御の応答は乏しく、暮れるまでしめやかに過ごす。
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現代語で読む
秋の雨がたいそう静かに降って、御前の前栽が色とりどりに乱れている露の繁さに、昔のことが次々にお思い出されて、御袖も濡らしながら、〔源氏は〕女御〔斎宮女御〕のお部屋へお渡りになった。情の細やかに見える鈍色の御直衣姿で、世の中の騒がしさなどを口実におっしゃって、そのまま御精進でいらっしゃるので、数珠を引き隠して、体裁よくお振る舞いなさる、尽きることなく優美なご様子で、御簾の内へお入りになった。
御几帳だけを隔てて、〔源氏が〕ご自身でお話し申し上げなさる。
「前栽どもが残らず紐を解いて〔花を開いて〕おりますね。たいそうもの寂しい年であるのに、気を紛らわせるように時を知った顔をしているのも、しみじみと感じられます」
とおっしゃって、柱に寄りかかって座っていらっしゃる夕映えのお姿は、たいそうすばらしい。昔のご事ども、あの野宮で立ち去りかねた曙のころのことなどを、お話し申し上げなさる。〔女御は〕たいそうしみじみとお思いになっていた。
宮〔女御〕も、「このようにおっしゃるので」とでもいうのか、少しお泣きになる気配で、たいそういとおしげで、身じろぎなさる折にも、驚くほど柔らかに優美でいらっしゃるようである。「拝見できないのが残念だ」と、〔源氏の〕胸のうちが押しつぶされる思いであるのは、困ったことであるよ。
「過ぎ去った昔、特に思い悩むべきこともなく過ごせたはずの世の中でも、やはり心から、好色めいたことにつけて、もの思いの絶えることがありませんでしたね。あってはならないことどもの、心苦しいことが、数多くありました中に、ついに心も解けず、結ぼおれたまま終わってしまったことが、二つございます。
一つは、このお亡くなりになった御方〔六条御息所〕のことですよ。驚くばかり思いつめたままお亡くなりになったのが、長い世の憂うべき節と思われてきましたのを、このようにまでお仕え申し上げ、〔あなたを〕ご覧になることを、慰めと思うようにしておりますけれど、燃えた煙のように、〔御息所が〕結ぼおれていらしたであろうことは、やはり鬱々と思われてなりません」
と言って、今一つ〔のほう〕はおっしゃりかけて止めてしまった。
「このごろ、身の沈みきっておりました折、方々について思っておりましたことは、片端ずつ叶いました。東の院にいる人〔花散里〕が、なんとなく、心苦しく思われ続けておりましたが、穏やかに思うようになっております。気立ての憎からぬことなどを、自分も人も互いに見て納得して、たいそうさわやかなことです。
こうして帰り、朝廷のご後見を申し上げる喜びなどは、それほど心に深く染みず、このような好色めいた方面は、静めがたくばかりおりますのを、並大抵でなく思い忍んできたご後見であると、お分かりくださっているでしょうか。あわれとだけでもおっしゃらなければ、どれほど甲斐なく思うことでしょう」
とおっしゃると、〔女御は〕気詰まりで、お返事もないので、
「そうですか。ああ情けない」
と言って、ほかのことに言い紛らわしなさった。
「今は、どうにか穏やかに、生きている限りの世を、思うことを残さず、来世のための勤めも心のままにして、籠もっていたいと思いますが、この世の思い出にすべき節がないのが、やはり残念でございましょう。必ず、幼い人〔明石の姫君〕がおりますが、その成長の先がたいそう待ち遠しいですね。恐れ多くとも、やはり、この門をお広げくださって、私がいなくなった後にも、〔その子を身内の中に〕数え入れてください」
などと申し上げなさる。
お返事は、たいそうおっとりとした様子で、ようやく一言ばかりをかすめるようにおっしゃる気配が、たいそう慕わしげであるのに聞き入って、しめやかに暮れるまでいらっしゃる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第19冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。