ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第19帖 薄雲 / 第13場面

春秋の好みと秋の夕風の歌

あらすじ・人物・読み方

源氏は花や紅葉を庭に移して女御に見せたいと語り、春と秋のどちらに心を寄せるかと問う。女御が亡き母を思わせる夕べに触れて答えると、源氏は忍びがたい思いを込めて秋の夕風の歌を詠みかけるが、女御は戸惑い、源氏は若々しい振る舞いを反省して引き下がる。

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現代語で読む

「確かな方面の望みはさておき、一年のうちに巡ってくる時々の花や紅葉、空の様子につけても、心の満ち足りることがあればよいと思うのですが。春の花の林、秋の野の盛りを、それぞれに人が〔優劣を〕争っておりました、そのころの、なるほどと心の寄るほど明らかな定めというものはございませんでしたね。

唐土では、春の花の錦に及ぶものはないと言っているようです。大和の言葉では、秋のあはれを特に取り立てて思っています。どちらも時々につけてご覧になると、目移りして、花や鳥の色も音も、とても見分け聞き分けることができません。

狭い垣根のうちであっても、その折の心が分かるほどに、春の花の木も植え渡し、秋の草も掘って移して、むなしい野辺の虫も棲まわせて、〔女御に〕ご覧に入れたいと思いますが、どちらに御心をお寄せになるでしょうか」

と申し上げなさると、〔女御は〕たいそう答えにくいこととお思いになるけれど、まったく絶えてお返事申し上げないのも困ったことであるので、

「まして、どう思い分けることができましょう。本当に、いつとないなかでも、不思議に聞いた夕べこそ、はかなくお亡くなりになった〔母御息所の〕露の縁としても、思われずにはいられないでしょう」

と、くつろいだ様子でおっしゃって言葉を消すのも、たいそういとおしげであるのに、〔源氏は〕忍ぶことができなさって、

あなたもそのようにあはれを交わしてください。人知れず私の身に染みる秋の夕風のように〔私の思いを感じ取ってください〕。忍びがたい折々もございますよ」

と申し上げなさると、「どこの誰へのお返事だろうか。分からない」とお思いになったご様子である。このついでに、〔源氏は〕心に籠めておくことができなさって、恨み申し上げることどもがあるに違いない。

今少し、とんでもないこともおっしゃりそうであったけれども、〔女御が〕たいそう困ったことと思っているのももっともで、ご自身の御心も、「若々しくけしからぬ」とお思い返して、嘆いていらっしゃる様子が、もの深く優美であるのも、〔女御にとっては〕好ましくなくお思いになってしまった。

〔女御が〕そっと少しずつ引き入っていらっしゃる気配であるので、

「驚いたことに、疎んじていらっしゃるのですね。本当に心の深い人は、このようでなければならないのでしょう。よろしい、これからは、憎んではいけませんよ。つらいでしょうから」

と言って、〔源氏は対へ〕お渡りになった。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第19冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。