第19帖 薄雲 / 第15場面
大堰の篝火、歌の応酬
あらすじ・人物・読み方
源氏は大堰にいる明石の君を絶えず思いやり、不断の念仏にかこつけて訪れる。木の繁る住まいで篝火の影に心を添わせる源氏に、明石の君は篝火に寄せた歌を詠み、源氏は下からの思いの深さを知らないのかと返歌して恨む。静かに仏道に心の留まるころで、源氏は例より長く滞在する。
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現代語で読む
「山里の人〔明石の君〕は、どうしているだろう」などと、絶えずお思いやりになるけれど、身の置き所のなさばかりが増すお身の上で、お渡りになることは、たいそう難しい。
「世の中をつまらなく憂いと知った様子を、どうしてそれほど思うべきだろうか。気楽に立ち出て、大雑把な住まいはすまいと思っている」のを、「身の程知らずだ」とはお思いになるものの、痛わしくて、例のように、不断の御念仏にかこつけて〔大堰へ〕お渡りになった。
住み馴れるにつれて、たいそう心寂しげな場所の様子に、たいそう深くないことであっても、あはれが添うに違いない。まして、〔明石の君を〕拝見するにつけても、つらかった御宿縁が、やはり、浅くないと思うと、かえって慰めがたい様子であるので、〔源氏は〕うまく取り繕いかねていらっしゃる。
たいそう木の繁った中から、篝火どもの光が、遣水の蛍に見え紛うのも趣がある。
「このような住まいに塩辛く〔侘しく〕なかったら、珍しく思えたでしょうに」
とおっしゃると、
漁火を求めた影が忘れられない篝火は、身の浮舟である私を慕って来たのでしょうか。思いこそ、見紛えられてしまいます」
と聞こえると、
浅くない下からの思いをあなたが知らないからでしょうか。やはり篝火の影は騒いでいるのです。誰を憂いとするのでしょう」
と、押し返してお恨みなさった。
だいたいもの静かにお思いになるころであるので、尊いことどもに御心が留まって、例よりは幾日もお過ごしになったので、少し思いが紛れたのだろう、ということだ。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第19冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。