ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第21帖 少女 / 第12場面

雲居雁への文、雁の歌

あらすじ・人物・読み方

内大臣に怨まれたことを大宮に切り出した夕霧は、真意を悟って赤面する大宮を前に、それ以上は言い出せない。夜、錠のかかった中障子越しに雲居雁の独り言と雁の歌を聞いた夕霧は心を乱すが、文を渡すこともできず、後見たちの騒ぎで思いはますます届かなくなる。

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現代語で読む

このように〔大宮の邸が〕騒がれているとも知らないで、冠者の君〔夕霧〕が参上なさった。一夜も人目が多くて、思うことをも申し上げることができなくなってしまったので、いつもよりもしみじみと〔雲居雁が〕恋しく思われなさったので、夕方においでになったのであろう。

宮〔大宮〕は、いつものように是非も分からず、微笑んで〔夕霧を〕待ち喜び申し上げなさるのを、〔夕霧は〕まじめな様子でお話などを申し上げるついでに、

「あなた〔大宮〕のことで、内大臣が怨んでおいでになったので、たいそうお気の毒なことです。興味もなさそうなことをあえて思い始めておいでになって、人に物思いをさせなさるに違いないのが心苦しいことです。このようにも申し上げまいと思うけれど、そんなお気持ちもお分かりにならないかと思えば、〔つい申し上げるのです〕」

と〔夕霧が〕申し上げなさると、〔大宮は〕心にかかっていることの筋であったので、ふと思い当たった。顔を赤らめて、

「何事でございましょうか。静かな所に籠もっておりますのちは、どうにも人と交わる折がないので、〔内大臣が〕お恨みになるようなことはございません、と思っております」

と言って、たいそう恥ずかしく思っている様子を、〔夕霧は〕しみじみと心苦しく思って、

「よろしい。今からだけでも用心なさい」

とだけ言って、ほかの事に言いなさなさった。

「ますます文なども通わせることが難しそうだ」と思うと、たいそう嘆かわしく、〔雲居雁は〕物〔食事〕などをお召し上がりになるけれど、全くお召し上がりにならないで、寝てなさったようだけれど、心も上の空で、人が静まる頃に、〔夕霧が〕中障子を引くけれど、いつもは特に錠を下ろして固めなどもしないのに、ぴたりと錠を下ろして、人の音もしない。たいそう心細く思われて、〔夕霧が〕障子に寄りかかっておいでになると、女君〔雲居雁〕も目を覚まして、風の音が竹に受け止められて、そよぐ音がするのに、雁の鳴き渡る声が、ほのかに聞こえるのに、幼い心にも、あれこれと思い乱れなさるのだろうか、

「空を渡る雁も私と同じ〔心なのだろうか〕や」

と独り言をおっしゃる気配は、若々しくいとおしい様子である。

〔夕霧は〕ひどく気がかりなので、

「これ、開けさせなさい。小侍従はいるか」

とおっしゃるけれど、音もしない。〔小侍従は雲居雁の〕御乳母子であった。〔雲居雁は〕独り言を〔夕霧に〕お聞かれになったのも恥ずかしくて、折悪しくお顔も〔障子の内へ〕引き入れておしまいになるけれど、しみじみとした情を分かっていないわけではないのが、憎らしいことよ。乳母たちなどが近くに臥していて、身動きするのも苦しいので、互いに音も立てない。

真夜中に、友を呼びながら渡って行く雁の声に、恨めしくも吹き添う荻の上の風よ。その声がいっそう身にしみます。

「身にしみたことだなあ」と〔夕霧は〕思い続けて、宮〔大宮〕の御前へ帰って嘆きがちであるのも、「〔大宮が〕目をお覚ましになってお聞きになるだろうか」と遠慮されて、身動きして臥しておいでになった。

〔雲居雁は〕折悪しく何となく恥ずかしくて、自分の御方へ早く出て、〔夕霧へ〕お文をお書きになるけれど、小侍従も〔夕霧に〕お会いすることができず、あちらの御方〔夕霧〕のもとへも行くことができず、胸がつぶれるように思われなさる。

女〔雲居雁〕はまた、騒がれなさったことだけを恥ずかしく思って、「わが身はどうなるのだろう、人はどう思うだろう」とも深く思い入れなさらず、趣深くいとおしい様子で、〔夕霧と〕語り合う様子などを、疎ましいとも思い離れなさらなかった。

また、このように騒がれるべきこととも〔二人は〕お思いにならなかったのに、お世話役たちもひどく慌て騒ぎ申し上げるので、〔夕霧は〕言葉も通わせることがおできにならない。成人した人なら、しかるべき隙も作り出すだろうが、男君〔夕霧〕も、今少し頼りない年の頃で、ただたいそう残念とばかり思う。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第21冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。