第21帖 少女 / 第17場面
五節の参内、源氏の歌
あらすじ・人物・読み方
声の主が分からぬまま夕霧は立ち去る。五節の当日、源氏は参内し、舞姫たちが評判になる中で大殿の舞姫がひときわ優れる。源氏は昔心を寄せた惟光の北の方を思い出して歌を贈り、北の方からも過ぎた年月を詠んだ返歌が届く。惟光の望む宮仕えの話は進まず、北の方は口惜しさに涙ぐむ。
下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。
表示と音声の設定
現代語で読む
若く美しい声だけれど、誰とも思い当てることができず、〔北の方は〕少し気分の悪そうなところに、化粧をし添えようと言って、騒いでいた後見の者たちが、近くに寄って人騒がせになるので、〔夕霧は〕たいそう残念に思って、立ち去りなさってしまった。
浅葱〔の夕霧〕のことが気がかりで、内裏へ参ることもせず、億劫がっておられた〔源氏〕が、五節にかこつけて、直衣など、様子の変わった色を〔帝に〕お許しいただいて参りなさる。凛として清らかであるうえに、早くから大人びて、優雅に振る舞いなさる。帝をはじめ申し上げて、〔人々が源氏を〕お思いになる様子は並々ではなく、世に稀なご寵愛ぶりである。
五節の参内の儀式は、どれともなく、それぞれに比類なくお整えになっているのを、「舞姫の容貌は、大殿と大納言の〔舞姫〕が優れている」と褒め騒ぐ。本当に、たいそう美しいけれど、仰々しく可愛らしいことでは、やはり大殿の〔舞姫〕には、及びようもなかったのである。
清らかに今風で、その人とは見えないほどに仕立てた姿などが、稀に美しいのを、このように褒められるようである。例年の舞姫たちよりは、皆少し大人びていて、本当に心の異なる〔特別な〕年である。
殿〔源氏〕が参ってご覧になると、昔お目に留まりなさった少女〔惟光の北の方の若い頃〕の姿を思い出しなさる。辰の日の夕方に〔歌の文を北の方へ〕お遣わしになる。御文の内容は思いやることができるだろう。
舞姫のあなたも、神々しいお年頃になられたことでしょう。昔からの友である私も、年月を経て年を取ったのですから。
年月の積もりを数えて、心にお思いになったままの哀れを、堪えることがおできにならないほどの、趣深く思われるのも、はかないことよ。
口に出して言えば、今日の出来事のように思われます。日蔭の霜が袖の上で解けてしまったように、年月は過ぎてしまいました。
青摺りの紙をよく取り合わせて、紛らわしく書いた、濃い墨や薄い墨、草書がちに交ぜ乱れた書きぶりも、その人の身のほどに応じて趣があると〔源氏は〕ご覧になる。
冠者の君〔夕霧〕も、〔舞姫が〕人の目に留まるにつけても、人知れず思いを寄せて歩きなさるけれど、近くにさえ寄せず、たいそうよそよそしく振る舞われているので、慎み深い年頃の心には、嘆かわしく思って終わってしまった。容貌だけは、たいそう心に残って、つらい人の慰めにも、見ることをしたいものだと思う。
やがて〔帝は舞姫たちを〕皆お止めになって、宮仕えすべきご様子もあったけれど、今回は退出させて、近江の〔舞姫〕は辛崎の祓へへ、津の守〔の娘〕は難波へと、競って退出した。大納言も、とりわけ〔自分の娘を〕参らせるべき旨を奏上させなさる。左衛門督は、その人ではない者を奉って、咎めがあったけれど、それも〔帝は〕お止めになる。
津の守〔惟光〕は、「典侍の席が空いたのに」と申し上げさせたので、「それなら労ってやろうか」と大殿〔源氏〕もお思いになったのを、あの人〔北の方〕はお聞きになって、たいそう口惜しいと思う。
「私の年齢や位などが、こんなに取るに足らないものでなければ、〔宮仕えを〕お願いしてみたいものを。〔源氏を〕思う心があるとさえ知られずに終わってしまうこと〔が口惜しい〕」
と、わざわざのことではないけれど、ふとした折々に涙ぐまれることがある。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第21冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。