ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第21帖 少女 / 第19場面

年の暮、大宮と夕霧

あらすじ・人物・読み方

雲居雁は文さえ夕霧に送れず、内大臣のことばかり気にかけて里を憂い籠もっている。大宮のもとで夕霧は雲居雁の容貌を思い、年の暮には正月の装束をいそぐ大宮と、六位の身を嘆く夕霧とが涙ながらに語り合う。

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現代語で読む

あの人〔雲居雁〕は、文さえ〔夕霧に〕お送りになることができず、勝っておられる方〔内大臣〕のことがひどく心にかかって、時が経つにつれて、たまらなく恋しい面影にまた逢って見ようと思うよりほかに何もない。宮〔大宮〕の御もとへも、わけもなくつらくてお参りにならない。〔夕霧が〕おいでだった方や、長年遊び慣れた所ばかりが、思い出されることがまさるので、里までも憂く思われながら、また籠もっておいでになった。

殿〔内大臣〕は、この西の対に〔雲居雁を〕、〔大宮に〕申し上げてお預け申し上げなさっていた。

「大宮の御世も残り少なそうなのを、〔大宮が〕おられなくなる後も、このように幼い頃から見慣らして、後見をお思いください」

と申し上げなさると、〔大宮は〕ただおっしゃるままのお心で、親しみ深くあわれに思ってお世話申し上げなさる。

〔夕霧が雲居雁を〕ほのかになど拝見するにつけても、

「御容貌が完全でなくおいでだったのだなあ。このような人をさえ、人は思い捨てなさらなかったのだ」などと、「自分が、むやみに、つれない人〔雲居雁〕の御容貌を心にかけて恋しいと思うのもつまらないことだ。気立てのこのように柔らかな人こそ愛し合おうというものだ」

と思う。また、

「向かい合って見るかいがないだろうのも気の毒そうだ。このように年月が経ってしまったけれど、殿〔内大臣〕の、そのような御容貌や御心と見申し上げて、浜木綿ほどの隔てを差し隠しながら、何くれとなくお世話し気を紛らわしておいでになるらしいのも、もっともなことだったのだ」

と思う心のうちは、恥ずかしいことであった。

大宮の御容貌は格別においでだけれど、まだたいそう清らかにおいでで、こちらでもあちらでも、人は容貌のよいものとばかり目が慣れておいでなのに、もともと優れていなかった御容貌が、やや年を過ぎた心地がして、痩せ痩せで御髪が少なくなっていることなどが、このようにそしられがちなのであった。

年の暮には、正月の御装束など、宮〔大宮〕はただ、この君〔夕霧〕お一人の御ことだけを、他のことの混じることなくおいそぎなさる。たくさんの領〔の衣〕を、たいそう清らかに仕立てなさっているのを見るのも、〔夕霧には〕もの憂くばかり思われるので、

「元日などには、必ずしも内裏へ参るまいと思っておりますのに、どうしてこのようにおいそがせなさるのでしょうか」

と申し上げなさると、

「どうして、そんなことがありましょう。老い崩れた人のようにおっしゃいますね」

とおっしゃると、

「老いてはいませんが、崩れた心地がするのですよ」

と独り言を言って、思わず涙ぐんでおいでになった。

「あのことを思っているのだろう」と、たいそう心苦しくて、宮〔大宮〕も思わず顔をひそめなさった。

「男は、口惜しい身分の人でさえ、心を高く保つものだそうです。あまりしめやかに、このようにはなさいますな。どうして、このように物思いにふけりがちにお思い入りなさるのですか。不吉なことです」

とおっしゃるのにも、

「何と言いましょう。六位などと人が侮っておりますようで、しばらくのこととは思っておりますが、内裏へ参るのももの憂くて。亡き大臣〔源氏の父方の縁者〕がおいででしたら、冗談にでも、人に侮られることはなかったでしょう。隔てのない親でおいでなのに、たいそうよそよそしく差し放ってお思いになっているので、おいでになるあたりに、気軽にも参り慣れておりません。東の院でだけ、御前近くに伺候しております。対の御方〔紫の上〕こそ、あわれに〔私を〕思ってくださいますが、親がもう一所おいででしたら、何を思うことがありましょうか」

と言って、涙の落ちるのを紛らわしておいでの様子が、たいそうあわれなのに、宮〔大宮〕は、いよいよほろほろとお泣きになって、

「母にも後れる人は、身分身分に応じて、それほどこそあわれだけれど、自然と宿世宿世によって、人として成り立ってしまえば、ぞんざいに思うこともないはずなのに、思い入れのない様子でおいでなさい。亡き大臣が今しばらくでもおいでだったらよかったのに。限りない〔源氏の〕蔭には、同じことだとお頼み申し上げますが、思うとおりにならないことの多いことよ。内大臣の気立ても、並の人ではないと、世の人も褒めて言いますが、昔と変わることばかりが増していく上に、命の長さも恨めしいのに、将来の長い人〔夕霧〕までが、このように少しでも、世を思い沈んでおいでになるので、たいそう万事恨めしい世の中です」

と言って、お泣きになっている。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第21冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。