第21帖 少女 / 第21場面
大后の宮、夕霧の出世
あらすじ・人物・読み方
行幸の夜、朱雀院と源氏は大后の宮を見舞い、引退した后は昔を悔いる。やがて夕霧は大学の試みに及第し、侍従に任じられるが、源氏の庇護を辛く思う雲居雁とは消息だけの仲が続く。
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現代語で読む
とおっしゃる御様子は、この上なく由緒ゆかしくおいでになる。これは御私的な、内々のことなので、多くの人には伝わらずに終わったのだろうか、また書き落としたのだろうか。
楽所が遠くてはっきりしないので、御前に御琴どもを召す。兵部卿宮は琵琶、内大臣は和琴を〔弾く〕。箏の御琴は、院の御前に参って、琴は、例の太政大臣〔源氏〕に賜る。〔院が源氏に〕お勧め申し上げなさる。そのような見事な名手の優れた御手つかいどもが、尽くしなさった音は、例えようがない。唱歌の殿上人が大勢伺候する。「安名尊」を演じて、次に「桜人」を〔歌う〕。月がおぼろに差し出て趣のある頃に、中島のあたりに、ここかしこ篝火どもを灯して、大御遊びは終わった。
夜が更けたけれど、このようなついでに、大后の宮がおいでの方を、避けてお見舞い申し上げなさらないのも、情けがないので、帰る途中に渡らせなさる。大臣〔源氏〕もご一緒にお仕えなさる。
后〔大后〕は待ち喜びなさって、御対面がある。たいそうひどく年を過ぎてしまわれた御様子にも、故宮〔桐壺帝〕をお思い出し申し上げなさって、「このように長くおいでになる類の方もおいでだったのに」と、口惜しくお思いになる。
「今はこのように古びた年齢になって、万事忘れられてしまいましたのに、たいそうもったいなくお渡りくださいましたので、改めて昔の御世のことが思い出されます」
と、思わずお泣きになる。
「そうあるべき御蔭どもに後れましてから、春の区別も思い分けられなかったのを、今日こそ慰められました。またまたも〔お越しください〕」
と申し上げなさる。大臣〔源氏〕もそうあるべき様子に申し上げて、
「わざわざ伺候いたしまして」
と申し上げなさる。のどかでなくお帰りになる響きにも、后は、なお胸が騒いで、
「どのようにお思い出しになるだろう。世をお保ちになるはずの御宿世は、霞まないものなのに」
と、昔を悔いてお思いになる。
尚侍の君〔源典侍〕も、のどかにお思い出すにつけて、あわれなことが多い。今もそうあるべき折には、風のつてにでもほのめかし申し上げなさることが絶えないはずである。
后は、朝廷に奏上させなさることがある時々に、御当番の年官年爵など、何くれのことに触れながら、御心にかなわない時には、「命が長くてこのような世の末を見ることだ」と、取り返したいほどに、万事ご機嫌を悪くなさっていた。
老いてゆかれるにつれて、意地の悪さも増して、院〔朱雀院〕も比べ苦しく、例えようがなくお思い申し上げていた。
こうして、大学の君〔夕霧〕は、その日の文を美しくお作りになって、進士におなりになった。年を積んだ賢い者どもをお選びになったけれど、及第した人は、わずかに三人だけだった。
秋の司召に、冠を授かって、侍従におなりになった。あの人〔雲居雁〕の御ことは、忘れる時がないけれど、大臣〔内大臣〕が切に守り申し上げなさるのも辛いので、無理をしてまでも対面なさらない。御消息だけを、しかるべき手づるに申し上げなさって、お互いに心苦しい御仲である。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第21冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。