第21帖 少女 / 第9場面
太政大臣の帰り道の思い
あらすじ・人物・読み方
大宮邸からの帰り道、前駆を追う声を聞いた女房たちが夕霧の残り香に気づいて後ろめたい噂を交わす。太政大臣は道すがら、世間の口さがない噂と源氏への対抗心を思い、源氏との仲は表向き良いものの、こうした面では寝覚めがちに夜を明かす。
下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。
表示と音声の設定
現代語で読む
〔太政大臣の〕お供の前駆を追う声が厳めしいことで、
「殿〔太政大臣〕は、今こそお帰りになったのだ」
「〔夕霧の君は〕どこの隅においでだったのだろう」
「今になってまで、こんな浮ついたことが」
と言い合っていた。ひそひそと噂をしていた女房たちは、
「たいそう香ばしい香りがそよめいて出てきたのは、冠者の君〔夕霧〕がおいでだったのだとこそ思いました」
「ああ、気味が悪いこと。陰口ですよ、〔大臣が〕ほのかにお聞きになったでしょう。煩わしい〔大臣の疑い深い〕お心を」
と、互いに気まずく思い合っていた。
殿〔太政大臣〕は、帰り道の途中でお思いになるのに、
「たいそう残念で、悪いことではないけれど、珍しくもない間柄なのに、世間の人もあれこれと思い言うだろうことだ。大臣〔源氏〕が、無理に女御〔明石の姫君〕を押し立てて〔雲居雁を〕沈めなさるのもつらいのに、ひょっとして、〔雲居雁が〕人に勝ることもあるかとこそ思っていたのに、妬ましくもあることだなあ」
とお思いになる。殿〔源氏〕とのご仲は、大方では昔も今もたいそうよくおいででありながら、このような面では、〔源氏が昔〕競い申し上げなさった名残も思い出しなさって、気がかりなので、夜中に目覚めがちに夜を明かしなさる。
「大宮をも、そのような様子ではご覧になっているだろうものを、世にないほど可愛がりなさるお孫〔雲居雁〕なので、任せてご覧になっているのだろう」
と、人々が言っていた様子を、妬ましくお思いになるにつけ、お心が動き、少し男らしく勝ち気なご気性では、静め難い。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第21冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。