ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第21帖 少女 / 第8場面

大宮のもと、楽の夕べ

あらすじ・人物・読み方

時雨の夕暮れ、大宮のもとで内大臣が雲居雁に琴を弾かせ、大宮と琵琶・箏・和琴を合奏し、女御の不遇や雲居雁の将来を嘆き合う。夕霧も加わって笛を吹き楽の夕べは深まるが、帰り際に内大臣は女房たちのささやきを聞き、娘への配慮のなさを悟って無言で立ち去る。

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現代語で読む

あちこちの大饗も終わって、世の中のご多忙もなく、のどかになった頃、時雨が降って、荻の上を渡る風もただごとでない夕暮れに、大宮のお部屋に、内大臣〔頭中将〕が参上なさって、姫君〔雲居雁〕をお連れ申し上げなさって、お琴などを弾かせ申し上げなさる。宮〔大宮〕は、あらゆる楽器の名手でおいでなので、どれもお伝え申し上げなさる。

「琵琶は、女が弾くには憎らしい様子だけれど、朗々とした立派なものですね。今の世に本格的に伝えている人は、ほとんどいなくなってしまいました。何の親王、呉の源氏〔などと数えられましょうか〕」

などと数え上げなさって、

「女の中では、太政大臣〔源氏〕が、山里に籠めてお置きになっている人こそ、たいそう上手だと聞いております。物の名手の末裔ではありますが、末の代になって、山里の卑しい身で年を経た人が、どうしてあれほど弾き優れているのでしょう。あの大臣〔源氏〕は、たいそう格別にお思いになっておっしゃる折々があります。他の事よりは、遊びの方の才能はなお広く兼ね備えて、あれこれに通じておりますことこそ、賢明なことですが、独学で、上手になったということこそ、珍しいことです」

などとおっしゃって、宮〔大宮〕にお勧め申し上げなさると、

「柱を立てること〔琵琶の調弦〕が初心になってしまったかしら」

とおっしゃるけれど、面白くお弾きになる。

「幸いに付き添って、なお不思議なほど立派であった人ですよ。老いの世に、持ち得ないはずの娘を授かり申し上げて、身に添えても粗末にせず、高貴な方にお譲りした心構えは、申し分のないはずの人だと聞いております」

などと、合わせてお話し申し上げなさる。

「女はただ気立てによってこそ、世に用いられるものなのですね」

などと、人の身の上をおっしゃり出して、

「女御〔雲居雁の姉〕を、悪くはないように、何事も人に劣っては育つまいと思いなさっていたけれど、思いもよらぬ人に押されてしまう宿世で、世は思いのほかなるものだと思いました。この君〔雲居雁〕をだけでも、どうにか思うように見届けたいものです。春宮の御元服が、まさに今のことになったのを、人知れず思い、心ざしておられたのに、このような幸い人の腹の后候補こそが、また追い抜いてしまったのです。〔雲居雁が〕表に出なさる際に、まして競う人がいないことはありがたいでしょうに」

と嘆きなさると、

「どうして、そんなことがありましょう。この家にそのような血筋の人がお出にならずに終わるはずがないと、亡き大臣がお思いになって、女御の御ことも、立ち急ぎなさったものを。〔亡き大臣が〕おいでだったら、このようにひがむこともなかったでしょうに」

などと、この御こと〔后争い〕によって、太政大臣〔源氏〕をも恨めしげに思い申し上げなさっている。

姫君〔雲居雁〕のご様子が、たいそう初々しく可愛らしくて、箏の琴をお弾きになるのを、御髪の下がり方や、髪挿しなどが、上品でなまめかしいのを〔内大臣が〕じっとご覧になると、〔姫君は〕恥じらって、少し横を向きなさった横顔が、頬の辺りが可愛らしくて、爪音の手つきが、たいそう作り物のように見事な心地がするのを、宮〔大宮〕も限りなく愛らしいとお思いになっていた。〔姫君は〕掻き合わせなどを弾き興じなさって、お押しやりになった。

大臣〔内大臣〕は、和琴を引き寄せなさって、律の調べのなかなか今風なのを、あのような名手が乱れて掻き弾きなさるのが、たいそう面白い。御前の梢がはらはらと残りなく〔散る〕折に、年老いた女房たちなどが、あちこちの御几帳の後ろに、頭を集めていた。

「風の力は思いのほか少ない〔漢詩の一節〕」

と、口ずさみなさって、

「琴の感動ではないけれど、不思議としみじみと趣深い夕べだな。さあ、お弾きなさいませんか」

と言って、「秋風楽」に掻き合わせて、唱歌なさる声が、たいそう面白いので、皆それぞれ、大臣〔内大臣〕をもたいそう愛らしく思い申し上げなさる折に、さらに添えようというのか、冠者の君〔夕霧〕が参上なさった。

「こちらへ」と言って、御几帳を隔ててお入れ申し上げなさった。

「めったに対面もしていただけませんね。どうしてこのように、このご学問が一途なのでしょう。才能のほどよりあまりに過ぎるのもつまらないことだと、大臣〔源氏〕もお分かりのはずなのに、このようにお仕向け申し上げなさる、理由があるのだろうとは思いながらも、このように籠もっておいでなのは、心苦しくございます」

と申し上げなさって、

「時々は、技芸をなさい。笛の音にも古い出来事は、伝わるものです」

と言って、御笛を差し上げなさる。

〔夕霧は〕たいそう若々しく風情のある音で吹き立てて、たいそう面白いので、お琴類をしばらく止めて、大臣〔内大臣〕は、拍子を大げさでなく打ち鳴らしなさって、

「萩が花摺り〔歌謡の題〕」

などとお歌いになる。

「大殿〔源氏〕も、このようなお遊びに心を留めなさって、忙しい政務から逃れなさるのでした。本当に、つまらない世に、心の向くことをしてこそ、過ごしたいものです」

などとおっしゃって、御土器〔酒〕が参上する折に、暗くなったので、御灯油が参り、御湯漬け、果物など、誰もかれも召し上がる。

姫君〔雲居雁〕はあちらへお渡し申し上げなさった。無理に気遠くおもてなしになって、「お琴の音だけでも聞かせ申し上げるまい」と、今はこの上なく隔て申し上げなさるのを、

「気の毒なことが起こるに違いない世の中ですこと」

と、近くお仕えする大宮のお部屋の年配の女房たちが、ささやき合っていた。

大臣〔内大臣〕はお出になった様子で、密かに人に物を言おうとして立っていらしたのを、そっと身を細めてお出になる道で、このようなささやき言をするので、不審にお思いになって、お耳を留めなさると、ご自身のことを言っている。

「賢がりなさっても、人の親ですよ。自然と、愚かなことが出て来るに違いありません」

「子を知るというのは、虚言のようです」

などと、言い合っている。

「呆れたことだな。やはりそうだ。思い寄らないことではないけれど、幼い頃に油断して。世はつらいものでもあったなあ」

と、様子をすっかりお悟りになったけれど、音も立てずにお出になった。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第21冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。