ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第23帖 初音 / 第8場面

臨時客の御遊びと東の院の人びとの暮らし

あらすじ・人物・読み方

臨時の客を迎えた御遊びで、源氏の光に人々は気圧される。騒ぎを隔てて聞く御方々や東の院の人々の、願いに従った暮らしぶりが語られる。

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現代語で読む

今日は、臨時の客のことに紛らわせて、〔源氏は紫の上に対して〕顔を合わせずやり過ごしなさる。上達部や親王たちなど、例によって、残らず参上なさった。管弦のお遊びがあって、引出物や禄などは、比べるものがないほど立派である。大勢集まっていらっしゃる人々が、我も劣るまいと振る舞っていらっしゃる中でも、少しでも〔源氏に〕並ぶような人さえお見えにならないものだなあ。別々にすれば、たいそう有職の方が多くいらっしゃる頃であるけれど、御前〔源氏〕では気圧されなさるのも、無理もない。何の数でもない下部どもなどでさえ、この院に参る日は、心遣いが格別であった。まして若い上達部などは、〔紫の上を〕思う心などをお持ちになって、むやみに心に懸想しなさりながら、例年よりも格別である。

花の香を誘う夕風が、のどやかに吹いているところに、御前の梅がだんだんほころび開いて、黄昏時である頃に、楽器の調べが面白く、「この殿」〔という曲〕を打ち出した拍子は、たいそう華やかである。大臣〔源氏〕も時々声を添えなさる「さき草」の終わりの方が、たいそう懐かしく素晴らしく聞こえる。何事も、口添えなさる御光に映えて、色も音も増す違いが、格別に分かれるのだった。

このように騒ぐ馬車の音を、物を隔ててお聞きになる御方々は、蓮の中の世界で、まだ開いていない心地もこんなだろうかと、心が痛ましそうである。まして、東の院に離れていらっしゃる御方々は、年月につれて、所在なさの数ばかりが増すけれど、「世の憂き目を見ない山路」〔という歌の言葉〕に思い比べて、つれない人〔源氏〕の御心を、どうして拝見して咎めようか、その他の心もとなく寂しいことも、またないので、修行方面の人は、その紛れもなく勤め、仮名のあらゆる草子の学問を、心に入れなさろうとする人は、また願いに従い、まじめにはかばかしい掟においても、ただ心の願いに従った住まいである。騒がしい日々が過ぎてから〔源氏は〕お渡りになった。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第23冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。