第24帖 胡蝶 / 第1場面
春の御前の舟遊び
あらすじ・人物・読み方
弥生の二十日過ぎ、六条院の春の御前で源氏が唐様の舟を用意し、若い女房たちを乗せて南の池を漕ぎ回る。中島の景色を眺めながら一日を暮らし、舟の上の若き人びとは山吹を詠んだ歌を言い交わす。
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現代語で読む
弥生の二十日過ぎのころ、春の御前〔六条院の春の町〕の様子は、常よりも特に心を尽くして、匂う花の色、鳥の声が、ほかの里ではまだ古びてしまったのではないかと、珍しく見え聞こえる。山の木立、中島のあたり、色がまさる苔の景色など、若い人々がほのかに心待ちにしているようなところに、〔源氏は〕唐風の舟をお造らせになっていたのを、急いで〔人々に〕装束を着けさせなさって、〔舟を〕下ろし始めさせなさる日は、雅楽寮の人を召して、舟の楽が奏される。親王たちや上達部などが、数多く参上なさった。
中宮〔秋好中宮〕は、このころ里邸においでになる。あの「春待つ園は」と〔源氏が〕お励まし申し上げなさっていたお返事もこのころかと〔中宮は〕お思いになり、大臣の君〔源氏〕も、どうにかこの花の時節に〔中宮に〕ご覧に入れようとお思い申し上げなさるけれど、機会がなく、気軽にお渡りあそばして花をもてあそびなさるべきではないので、若い女房たちのうち見事と思いそうな者たちを舟にお乗せになって、南の池の、こちらへ通じさせなさっている〔水路〕を、小さな山を隔ての関に見立てたけれど、その山の崎から漕ぎ回って、東の釣殿に、こちらの若い人々をお集めになる。
龍頭鷁首〔舟首の飾り〕を、唐の装いに仰々しくしつらえて、楫取りで棹をさす童たちは、皆みづらを結って唐土らしく見せて、あれほど大きな池の中に漕ぎ出してみると、本当に知らない国に来たような心地がして、しみじみと趣深く、見慣れない女房などは思う。
中島の入江の岩蔭に漕ぎ寄せて見ると、ささやかな石の佇まいも、ただ絵に描いたようである。こちらもあちらも霞み合っている梢々が、錦を引き渡したようであるところに、御前の方は遥かに見渡されて、色を増した柳が枝を垂れ、花も言いようのない匂いを散らしている。ほかの所では盛り過ぎた桜も、〔ここでは〕今盛りにほほ笑み、廊を巡っている藤の色も、細やかに開いていった。まして池の水に影を映した山吹が、岸からこぼれて見事な盛りである。水鳥たちが、つがいを離れず遊びながら、細い枝々を食べて飛び交い、鴛鴦が波の綾に紋を交えたようであるのなど、物の絵にでも描き取りたいほどで、まことに斧の柄も朽ちてしまいそうに思いながら、日を暮らす。
風が吹けば波の花までも色づいて見えることよ。これこそ名に立っている山吹の崎だ。
春の池は井手の川瀬にも通じているのだろう。岸の山吹は、そこでも匂っている。
亀の上の山〔仙境〕など尋ねはしない。この舟のうちに、老いない名をここに残そう。
春の日にうららかに漕ぎさしてゆく舟は、棹のしずくまでも花が散りかかっているようだ。
といったような他愛ない歌などを、それぞれ言い交わしながら、行く方も帰る里も忘れてしまいそうなほど、若い人々の心を移させるのに、もっともな水の面であった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第24冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。