第26帖 常夏 / 第9場面
双六と早口の近江の君
あらすじ・人物・読み方
簾の内を覗く内大臣は、五節の君と双六に興じる近江の君の軽はずみな様子、早口な応対に呆れながらも、その孝心に哀れを覚える。大徳の罪の報いなどと冗談を交わし、女御のもとへ参る段取りを決めて、大臣は渡って行く。
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現代語で読む
そのまま、この御方〔近江の君〕のついでに、たたずんでいらっしゃって、覗きなさると、簾を高く押し張って、五節の君といって、利発な若い人のいるのと、双六をお打ちになっている。手をたいそう切に押し揉んで、「せうさい、せうさい」と請う声が、たいそう舌の早いことよ。「ああ、情けない」とお思いになって、お供の人の先払いするのをも、手を描いてお制しになって、なお、妻戸の細い目から、障子の開き合ったのを見入れなさる。
この従姉妹も、また、様子がはやけた、「御返しや、御返しや」と、筒をひねって、すぐには打ち出さない。中に思いはあるのだろうか、たいそう浅い様子をしている。
容貌はひちひちして、愛嬌づいた様子をして、髪は美しく、罪が軽そうだけれど、額のたいそう近い感じなのと、声の軽はずみさとに損なわれているらしい。取り立てて良いとは言えないけれど、他人と争うほどでもなく、鏡に思い合わせなさるにつけて、たいそう宿世が気に入らない。
「こうしていらっしゃるのは、ふさわしくなく初心々しいなどということがあるのか。物事が頻繁なばかりで、訪ね参らないのか」とおっしゃると、例の、たいそう舌の早いのをもって、「こうしてお仕えしているのは、何の物思いがございましょうか。長年、定かでなく、見たいと思い申し上げてきた御顔を、常には拝見できないばかりこそ、手を打たない心地がいたします」と申し上げなさる。
「なるほど、身近に使う人も滅多にいないので、そのようにして見馴らせ申し上げようと、前々は思ったけれど、とてもそうもいかないことだった。一般の仕える人こそ、こういうのもああいうのも、自然と立ち交じって、人の耳も目も、必ずしもとどめないものだから、安心できるようだ。それでも、その人の娘、あの人の子と知られるほどの身分になれば、親兄弟の面目を失う類が多い。まして」とおっしゃりかけた、その御様子の恥ずかしいのも知らず、「何を、それは、大げさにお思いになって交際なさるならこそ、居場所が狭いでしょう。大御大壺取りにも、お仕えいたしましょう」と申し上げると、堪えなさることができず、お笑いになって、「似つかわしくない役目だそうだね。こうしてたまに会える親への孝行をしようという心があるなら、このおっしゃる声を、少し静かにして聞かせなさい。そうすれば、命も延びるでしょうね」と、冗談めかしていらっしゃる大臣で、ほほ笑んでおっしゃる。
「舌の本性なのでございましょう。幼うございました時でさえ、亡き母が常に苦しがって教えておりました。妙法寺の別当の大徳が、産屋にいらっしゃったのを、得難いものだと嘆いておいででした。どうにかこの舌の早さを止められましょうか」と思い騒いでいるのも、たいそう孝養の心が深く、哀れだとご覧になる。
「その、身近に入り立っていた大徳こそは、つまらなかったのだよ。ただその罪の報いだそうだ。唖や言吃と、大乗を誹った罪にも、数えているそうだ」とおっしゃって、「子ながら恥ずかしくいらっしゃるお姿に、お目見え申し上げるのは恥ずかしいことだ。どう定めて、こんなに怪しい様子も尋ねずにお迎え寄せしたことか」と思い返しなさるものの、「人々も大勢見続けて、言い散らすだろうこと」と、
「女御が里にいらっしゃる時々に、お渡り参上して、人の様子なども見習いなさい。格別なことのない人も、自然と人に交じり、そのようになれば、そうしてもいられるでしょう。その心がけて、お目見え申し上げなさい」とおっしゃると、「たいそう嬉しいことでございましょう。ただ、どうしてもどうしても、御方々に数え入れお認めくださることを、寝ても覚めても、長年何ごとをお思いになったのでもございません。お許しさえあれば、水を汲み戴いても、お仕えいたしましょう」と、たいそう良さそうに、今少し囀り立てると、言い甲斐がないとお思いになって、
「そんなに、進み出て薪拾いなさらなくても、参上なさるでしょう。ただあの得難いものにした法の師だけは遠くに」と、戯れ言におっしゃりなすのを知らず、同じ大臣と申し上げる中でも、たいそう清らかに重々しく、華やかな様子をして、並々の人には見えにくい御様子をも見知らず、「さて、いつ女御殿には参上いたしましょう」と申し上げると、「良い日などと言うべきだろうか。よし、大げさに何ということか。そう思えば、今日でも」とおっしゃり捨ててお渡りになった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第26冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。