第29帖 行幸 / 第16場面
世間の噂と近江の君の望み
あらすじ・人物・読み方
秘密は世間に漏れ始め、口さがない近江の君が女御の前で突然口を開く。尚侍になると聞き、自らも望んで精勤してきたと恨みを述べ、中将たちに冷たくあしらわれて腹を立てる。少将のなだめにも、近江の君は尚侍に推してほしいと女御に責め寄り、誰も言葉を失う。
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現代語で読む
世間の人の耳に、「しばらくこのことは出すまい」と、切に籠めておられたけれど、口さがないものは世の人であった。自然と言い漏らしながら、次第に聞こえ出てくるのを、あの口さがない者の君(近江の君)が聞いて、女御の御前で中将・少将がお仕えしている所に出て来て、
「殿は、お嬢様をお迎えになるそうです。ああ、めでたいこと。どのような方が、二方からもてなされるのでしょう。聞けば、あの方も劣り腹(次に生まれた子)だそうで」
と、危なげなくおっしゃると、女御は、傍らで痛々しいとお思いになって、何もおっしゃらない。中将は、
「そのように、大切にされるべき理由こそおありなのでしょう。それにしても、誰が言ったことを、こう突然口に出しなさるのか。物言いの尋常でない女房などこそ、耳に留めるでしょう」
とおっしゃると、
「しっ、うるさい。皆聞いております。尚侍になるそうです。宮仕えにと急いで出仕しておりましたことは、そのようなお引き立てもあるかと思ってこそ、普通の女房たちでさえお仕えしないことまで、進んでお仕えしたのです。御前(女御)が冷たくしていらっしゃるのです」
と、恨みを述べると、皆ほほ笑んで、
「尚侍が空けば、私こそ望もうと思うのに、無情にも〔近江の君を〕お考えかけになったことだ」
などとおっしゃるのに、〔近江の君は〕腹を立てて、
「めでたいご仲間に、数ならぬ人は、混じってはいけないのでした。中将の君こそ冷たくていらっしゃる。利口ぶってお迎えになって、軽蔑し嘲りなさる。少将のような人は、とてもいられない殿の中だこと。ああ、恐れ多い。ああ、恐れ多い」
と、後ろへいざり退いて、見上げなさる。憎らしくもないけれど、たいそう腹立たしげに目尻を引き上げている。
中将は、こう言うにつけても、「なるほど間違えたことだ」と思うので、真面目にしておられる。少将は、
「こうした方面でも、比類ないご様子を、おろそかには決してお思いにならないでしょう。お心をお静めになってこそ。堅い巌も泡雪にしてしまわれそうなご様子ですので、たいそうよく思いが叶われる時もありましょう」
と、ほほ笑んで言っておられた。中将も、
「天の岩戸に鎖し籠もっておしまいになるでしょうに、見ていられませんね」
と言って、立ち去ると、〔近江の君は〕ほろほろと泣いて、
「この君たちさえ、皆冷たくしなさるのに、ただ御前(女御)のお心が哀れでおいでだから、お仕えしているのです」
と言って、たいそう軽々しく、忙しく、下臈の童女たちさえお仕えしない雑用をも、立ち走り、軽々しくうろつきながら、心を尽くして宮仕えして歩いて、
「尚侍に、わたしを、推挙なさってください」
と責め申し上げると、あきれて、「どう思って言うことだろう」とお思いになるにつけ、物も言われなさらない。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第29冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。