ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第29帖 行幸 / 第17場面

近江の君、内大臣に取り入る

あらすじ・人物・読み方

内大臣は近江の君の望みを聞いて華やかに笑い、女御の御方で彼女を召して真面目に言葉をかける。嬉しさに舌も爽やかな近江の君は、大和歌を続け、枢要なことは殿から申し上げてほしいと手を擦って頼む。几帳の後ろの女房たちは笑いに堪えかね、女御も赤面する。殿は物難しい折の紛らわしだと言って笑い種にするが、世間の人は冷ややかに言い合う。

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現代語で読む

大臣(内大臣)は、この望みをお聞きになって、たいそう華やかに笑いなさって、女御の御方へ参られたついでに、

「どこだ、この、近江の君。こちらへ」

とお召しになると、

「はっ」

と、たいそうはっきりと聞こえて、出て来た。

「たいそう、お仕えしているご様子で、公人(おおやけびと)として、なるほどどう似合うでしょう。尚侍のことは、どうして、私に早くおっしゃらなかったのですか」

と、たいそう真面目におっしゃるので、たいそう嬉しいと思って、

「そのように、ご意向をいただきたく存じておりましたが、この女御殿などが、自然とお伝え申し上げてくださるだろうと、頼みに膨れてお仕えしておりましたが、なるべき方がおいでになるようにお聞きしますと、夢のように富んだ心地がいたしまして、胸に手を置いたような心地でございます」

と申し上げる。舌ぶり(口調)もたいそう爽やかである。笑い出してしまいそうなのを堪えて、

「たいそう不思議で、はっきりしないお癖ですね。そうお思いおっしゃりそうだったなら、まず人の先に奏上したでしょう。太政大臣のご息女で身分が高いとしても、ここに切に申し上げることは、お聞き召さないはずはありませんでした。今からでも、申文(もうしぶみ)を取り作って、びしびしと書き出されよ。長歌などの心遣いがあるのをご覧になるには、お捨てにはならないでしょう。主上は、その中でも情けをお捨てにならずおいでですから」

などと、たいそうよくおだてになる。人の親らしくなく、片端(かたわ)なことよ。

「大和歌は、良し悪しはともかく、続けていけましょう。枢要な方面のことはまた、殿から申し上げさせていただければ、爪声(つまごえ)のように、ご徳をも被りましょう」

と言って、手を押し擦って申し上げていた。御几帳の後ろなどで聞く女房は、死にそうに思われる。物笑いに堪えられない者は、滑り出て、慰めていた。女御もお顔を赤くして、始末に負えず見苦しいと思っておられた。殿(内大臣)も、

「物難しい折は、近江の君を見るのが、万事の気の紛らわしになる」

と言って、ただ笑い種に作りなさるけれど、世間の人は、

「恥じながら、辱めなさる」

などと、さまざまに言っていた。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第29冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。