源氏物語 第29帖
行幸 みゆき
あらすじ
師走、大原野への行幸に源氏は供奉し、冷泉帝から雪山の雉と御歌を賜る。返歌をめぐる書簡のやり取りののち、源氏は玉鬘を二条院に迎え、髪上げの儀式と実父・内大臣との対面を果たす。近江の君の尚侍への望みが滑稽な騒ぎとなる。
この帖の人物
場面 第1–5場面
第1場面音無の滝の心遣いと行幸の出発源氏は玉鬘への心遣いに余念がないが、内大臣の際立ったもてなしぶりを思うと、かえって軽々しい名が立つのではないかと案じる。その師走、大原野の行幸があり、六条院の御方々も見物に出る。帝は卯の時に出発し、朱雀から五条の大路を西へ折れる。親王・上達部は競って装いを飾り、雪の散る中、行列は華やかに進んだ。第2場面行列を見物する玉鬘西の対の姫君・玉鬘も車を出して行列を見物する。競って飾り立てた人々の中でも、帝の端正なお姿は比べる者もない。実の父・内大臣に目を留めるが、やはり御輿の中の帝に目移りするはずもなかった。兵部卿宮や右大将の装いを若い心に見下ろしながら、玉鬘は源氏に勧められる宮仕えのことを思い悩む。第3場面小塩山の狩りと雉の歌一行は野に着き、帝は平張で狩装束に改める。物忌で供をしなかった源氏のもとへ、帝は蔵人の左衛門尉を使者として雉一枝と歌を贈る。太政大臣への異例の心遣いに、源氏は返歌を詠んで使者をもてなした。その頃に聞いた歌の端々が思い出されるのは、思い違いだろうか。第4場面西の対への文と玉鬘の返歌翌日、源氏は西の対の玉鬘へ文を送り、昨日帝を拝見したか、宮仕えの気持ちは傾いたかと尋ねる。玉鬘は「つまらないことを」と笑いながらも、霧と朝曇りではっきり見えなかったという歌を返し、帝への関心を曖昧にぼかす。その返事を紫の上も目にする。第5場面紫の上との相談と源氏の返歌源氏は紫の上に、玉鬘の宮仕えについて相談する。中宮がいる中での評判や、内大臣の女御のことなど、思い乱れる要素が多い。紫の上は、自分から宮仕えを思い立つのは出過ぎた心だと笑う。源氏は玉鬘へ再び返歌を送り、あかねさす光は曇らないのに、なぜ目を曇らせたのかとからかいながら、絶えず宮仕えを勧める。
場面 第6–10場面
第6場面裳着の仕度と大宮の病源氏はまず玉鬘の裳着のことを整えようとし、二月に行うことにする。腰結には内大臣を頼もうと消息を送るが、相手方では大宮が去年の冬から病み、折が悪いとの返事がある。藤壺の存命のうちにこのことを公にしようと、源氏は見舞いがてら三条の宮へ渡る。第7場面三条の宮での対話三条の宮では、藤壺が脇息にもたれて起きており、その衰えぬ美しさに源氏は見入る。大宮は年の積もりの病を語り、夕霧の心のこもった世話に引き留められて長らえていると泣く。源氏は、内大臣との対面の機会があれば嬉しいとほのめかす。藤壺は夕霧と雲居雁のことへの恨み言に触れ、意地を張る大宮の性分を嘆く。第8場面玉鬘の素性を打ち明ける源氏は藤壺に、思い違いから不意に尋ね当てた人のことを打ち明ける。それが尚侍の候補として内裏でも噂になっている経緯を語り、藤壺から内大臣へ伝えるよう頼む。驚く藤壺に、源氏は詳しい事情は言わず、夕霧にさえ知らせていないと固く口止めする。第9場面内大臣、三条へ駆けつける太政大臣が三条の宮へ渡ったと聞き、内大臣は驚いて供の者を連れる支度をする。その折、大宮から、物寂しいので大げさにではなく来てほしい、対面で申したいこともあるという文が届く。何事かと胸を騒がせた内大臣は、雲居雁と夕霧のことかと思い巡らし、装束を整えて三条へ渡る。第10場面源氏と内大臣の対面内大臣は大勢の君たちを引き連れて三条へ入る。葡萄染の指貫に桜の下襲を長く引き、華やかに整えた姿も、くつろいだ大君姿の源氏の光には及ばない。君たちや殿上人が集い、酒杯が回る。両大臣は昔を思い出して隔てなく語り合い、源氏は疎遠を恨み、内大臣は畏まって応える。ついでに源氏が玉鬘のことをほのめかすと、内大臣は涙ぐみ、雨夜の物語の判定を思い出して皆心を乱した。
場面 第11–15場面
第11場面対面の余韻と内大臣の思い源氏は六条殿らしくない酔い泣きにしおれ、藤壺も玉鬘を思い出して尼姿で涙を落とす。夕霧のことは口に出されなかった。帰途、供の者たちは何事かと見当違いの噂をする。内大臣は、突然明かされた玉鬘のことに気がかりながら、源氏の真意をあれこれと思い巡らす。第12場面髪上げの日取りと玉櫛笥の歌対面は二月朔日のことで、十六日の彼岸の初めが玉鬘の髪上げの日に定まる。源氏は藤壺にふさわしい作法を細かに教え、夕霧にも内密に知らせる。その日、三条の宮から御櫛の筥とともに大宮の文が届く。震える筆で玉櫛笥にまつわる歌が添えられ、源氏はその古風な筆跡と歌の技巧を忍び笑う。第13場面唐衣の歌の応酬中宮をはじめ御方々から髪上げの装束や道具が届けられ、競い合う心遣いが見える。東の院の常陸の宮の御方からは、古風な心で形を整えた品々と、御小袿の袂に唐衣の歌が添えられていた。源氏はその震える筆跡に赤面しながらも気の毒がり、唐衣を繰り返す戯れ歌で返事を書く。紫の上は、その戯れを苦笑してたしなめる。第14場面内大臣との正式な対面内大臣は心待ちにして早く参り、儀式は限度を過ぎて珍しいほどに整えられる。亥の刻、玉鬘は御座へ入れられ、源氏の計らいで形ばかりの対面が進む。酒が回るうち、内大臣は長年忍び込められた恨みを口にし、沖の玉藻の歌を詠みかける。恥じらう玉鬘は源氏の助けで、渚の藻屑に身を託した返歌を返す。第15場面求婚者たちと夢のお告げ対面の席には親王たちや多くの求婚者が集まり、何事かと疑う。事情をほのかに知るのは内大臣の子の中将と弁の君だけである。源氏は、しばらくは噂のないよう穏やかに人目を馴らすよう内大臣に求め、贈り物は比類なく整えられた。兵部卿宮の求婚には、内裏の意向に従うと答えさせる。内大臣は、かつて見た夢の意味を今こそ本当と思い合わせ、女御にだけ確かな事情を伝えた。
場面 第16–17場面
第16場面世間の噂と近江の君の望み秘密は世間に漏れ始め、口さがない近江の君が女御の前で突然口を開く。尚侍になると聞き、自らも望んで精勤してきたと恨みを述べ、中将たちに冷たくあしらわれて腹を立てる。少将のなだめにも、近江の君は尚侍に推してほしいと女御に責め寄り、誰も言葉を失う。第17場面近江の君、内大臣に取り入る内大臣は近江の君の望みを聞いて華やかに笑い、女御の御方で彼女を召して真面目に言葉をかける。嬉しさに舌も爽やかな近江の君は、大和歌を続け、枢要なことは殿から申し上げてほしいと手を擦って頼む。几帳の後ろの女房たちは笑いに堪えかね、女御も赤面する。殿は物難しい折の紛らわしだと言って笑い種にするが、世間の人は冷ややかに言い合う。
出典・底本
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第29冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。