第31帖 真木柱 / 第11場面
大北の方の恨み言
あらすじ・人物・読み方
宮邸に移った北の方のもとで、母の大北の方が源氏への恨み言を口にし、継子をかしづく源氏の仕打ちを激しく責める。式部卿宮は、世に難のない大臣を貶めるなとたしなめ、源氏の思慮深さと自らの不幸を語るが、大北の方はますます腹を立てて言い散らす。
下の同じ枠で原文・発音の読み・現代語を一節ずつ確認できます。どの読み方から始めても読了を記録できます。
表示と音声の設定
現代語で読む
〔北の方の〕お車を引き出して振り返って見るのも、「またどうして見ることがあろうか」と、はかない気持ちがする。梢にも目を留めて、〔姿が〕隠れるまで振り返ってご覧になったのであった。君が住むためではなく、長年お過ごしになったお住まいが、どうして偲ぶよすががないことがあろうか。
宮〔邸〕では〔北の方を〕待ち受け、たいそう〔心配に〕お思いになっていた。母の北の方は、泣き騒ぎなさって、
「太政大臣〔源氏〕を、立派な頼りと思い申し上げてきたけれど、どれほどの昔からの仇敵でいらっしゃったのだろうかと思われるのです。
〔弘徽殿〕女御をも、事に触れて、みっともなく扱いなさったけれど、それは、お二人の仲の恨みが解けていなかった頃、思い知らせようとしてであったのだろうとおっしゃり、世間の人も〔そう〕言いなしていたのに、なお、そうであってよいものだろうか。
人を一人大切にお世話なさるからには、周りにまで〔その恩恵が〕及ぶ例こそあるものと、心得ていなかったのに、まして、このように晩年になって、ゆかりもない継子を大切に世話して、自分が長年連れ添った〔娘の〕気の毒さに、堅実な人〔宮〕に動揺の余地があってはならないからといって、〔継子を〕引き寄せて大切になさるのは、どうしてつらくないことがあろうか」
と、言い続け罵りなさるので、宮は、
「ああ、聞き苦しいことだ。世に非難されることのない大臣を、口に任せて貶めなさるな。畏れ多いお方は、お含みおきがあり、このような報いがあればよいと、お思いになることもおありだったのだろう。そう思われる私の身の不幸であるのだろう。
〔源氏は〕冷淡でいて、皆あの〔私たちが〕落ちぶれていた世の報いは、浮かばせたり沈めたり、たいそう賢明に思い巡らしておられるのだろう。私一人については、相応の縁があると思ってこそ、一昨年も、あのような世間の騒ぎの折に、家柄以上のこともあったではないか。それをこの一生の面目として終わるべきことのようだ」
とおっしゃると、〔大北の方は〕ますます腹を立てて、縁起でもないことなどを言い散らなさる。この大北の方は、性悪な人であったのである。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第31冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。