第31帖 真木柱 / 第19場面
近江の君の舟の歌
あらすじ・人物・読み方
弘徽殿女御の御方で管弦の集いが開かれ、近江の君が人びとの中を押し分けて出て舟の歌を歌い出す。居合わせた中納言の君が即座に返歌をして、その場に笑いを誘う。
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現代語で読む
そういえば、あの内の大殿の御女で、尚侍を望んだ君も、そういうものの癖なので、色っぽく、落ち着かない心まで加わって、〔人を〕困らせていらっしゃる。女御も、「結局、軽はずみなことは、この君が引き起こすだろう」と、ともすれば、胸がつぶれる思いをなさるが、大臣の、
「今は、でしゃばるな」
と、制止しておっしゃるのさえ聞き入れず、交じり出ていらっしゃる。
どのような折であっただろうか、殿上人が大勢、評判が格別な限りの人々が、この女御の御方に参って、楽器の音などを調べて、心地よいほどの拍子を打ち加えて遊ぶ。秋の夕べのただごとでない〔趣のある〕ところに、宰相中将も近寄っていらして、例になく乱れて何やらおっしゃるのを、人々が珍しがって、
「やはり、人より格別にも」
とほめるので、この近江の君が、人々の中を押し分けて出て座りなさる。
「ああ、困ったこと。どうしたことか」
と引き入れようとするけれど、たいそう強情そうににらんで、張り込んで座っているので、面倒で、
「言いようのないことを、おっしゃり出すのではないか」
と、突き交わすのに、この世に見慣れない真面目な人をとりわけ、
「これだ、これだ」
とほめて、ささやき騒ぐ声が、たいそうはっきりする。人々が、たいそう苦々しく思うところに、声はたいそう爽やかで、
沖の舟が寄る辺のない波路に漂ったら、棹をさして寄せようと思うので、泊まる場所を教えてください。
棚なし小舟が漕ぎ返り、同じ人なのだろうか。ああ、悪いこと」
と言うのを、たいそう不思議に、
「この御方には、このように用意のないことは申し上げないものを」と思い巡らすところに、「これを聞く人がいたのだった」
と、おもしろくて、
寄る辺のない波に風が騒がせる舟人も、思いがけない方へ磯伝いには行かないものです。
と言って、きまり悪そうであった、とかいうことである。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第31冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。