第32帖 梅枝 / 第5場面
明石の姫君の裳着
あらすじ・人物・読み方
その夜、西の御殿で藤壺を腰結いに、明石の姫君の裳着が行われる。源氏は、姫君を人目に触れさせてきたことを心狭く思い、藤壺は若く愛敬づいた姫君の姿に見入る。春宮の御元服は済んだが、姫君の御参りは四月に延ばされ、左大臣殿の三の君が先に入内する。
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現代語で読む
こうして、西の御殿に、〔源氏は〕戌の刻にお移りになる。宮〔藤壺〕のおいでになる西の放ち出〔張り出しの間〕を設えて、御髪上げの内侍なども、そのままこちらへ参った。〔藤壺〕ご自身も、この機会に、中宮〔明石の姫君〕とご対面なさる。御方々の女房たちが、押し合っているのが、数知れず見えた。
子の刻に〔姫君に〕裳をお着せ申し上げる。大殿油〔灯火〕はほのかであるけれど、〔姫君の〕ご様子がたいそう見事だと、宮〔藤壺〕は拝見なさる。大臣〔源氏〕は、「〔あなたが姫君を〕お見捨てにはならないだろうことを頼みにして、軽々しい〔不用意な〕姿を、進んでご覧に入れております。後世の先例になるかと、心苦しくひそかに思いなさっているのです」
などと申し上げなさる。宮〔藤壺〕は、「どうなるべきこととも思い分け申し上げることができませんでしたのに、このように仰々しくお取り持ちくださいますので、かえって気が置けてならないようです」
とおっしゃる、消え入るほどのはかなげなご様子は、たいそう若々しく愛嬌があって、大臣〔源氏〕も、お望みどおりに美しいご様子の方々が、一堂に集まっておられるのを、その間柄を結構なこととお思いになる。〔姫君の〕母君〔明石の君〕が、このような折にさえ〔姫君を〕拝見できないのを、〔源氏は〕つらいと思っていたのも心苦しくて、〔明石の君を〕参上させようかともお思いになるが、世間の物言いをはばかって、そのままお過ごしになった。
このような〔由緒ある〕所の儀式は、並大抵の家でさえ、たいそう事が多く煩わしいので、ほんの一端だけを、いつものように無造作に真似て書くのもかえってどうかと思って、詳しくは書かない。
春宮の御元服は、二十日過ぎの頃であった。〔春宮は〕たいそう大人びておいでなので、人々が娘たちを競って〔春宮の御方に〕参らせるであろうことを、〔人々は〕心に期しておられるけれど、この殿〔源氏〕のお心づもりの様子が、たいそう並々ならぬことであるので、かえって〔入内を〕見合わせようかと、左大臣なども、思いとどまっておられるというのを〔源氏は〕お聞きになって、
「まったくもって不都合なことだ。宮仕えの道は、数多くある中で、少しの優劣を競おうとしてこそ本望というものだろう。その辺りの才気ある姫君たちが、引き籠められてしまったら、世に栄えることはあるまい」
とおっしゃって、〔姫君の〕御参りは延期になった。次々〔の人々〕も〔娘たちを〕押しとどめておられたのを、こうした事情をあちこちでお聞きになって、左大臣殿の三の君が〔春宮の御方に〕参られた。〔そのお住まいは〕麗景殿と申し上げる。
この御方〔明石の姫君〕は、昔の御宿直所である淑景舎を改めて設えた所にお入りになり、御参りが延びてしまったのを、宮〔藤壺〕も待ち遠しくお思いになるので、〔参内を〕四月とお決めになった。御調度類も、もとからあるものよりさらに整えて、〔源氏は〕ご自身でも、品々の雛形や絵の図様などもご覧に入れながら、優れた諸道の名手たちを召し集めて、細やかに磨き整えさせなさる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第32冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。