第32帖 梅枝 / 第7場面
葦手歌絵と古筆の鑑賞
あらすじ・人物・読み方
源氏は寝殿に籠もり、古歌を選びながら草子を書く。若者たちが葦手・歌絵を競い、蛍宮が訪れて源氏や左衛門督、宰相中将の書を見比べ、涙ぐむ。継紙の本や嵯峨帝の古万葉集、延喜帝の古今和歌集などの宝物が取り出され、源氏は侍従へ本と高麗笛を贈る。
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現代語で読む
「この、風流心のある若い人たちを試してみよう」と〔源氏は〕おっしゃって、宰相中将(夕霧)、式部卿宮の〔御子の〕兵衛督(紅梅)、内大臣家の頭中将(柏木)などに、「葦手や歌絵を、思い思いに書け」とお命じになると、皆がそれぞれに腕を競おうという様子である。
〔源氏は〕いつもの寝殿に離れておられて、〔手習いを〕お書きになる。花の盛りは過ぎて、浅緑の空がうららかなので、古い言葉などを思い澄ましなさって、お心の赴くままに、草書のものも、行書のものも、女手(仮名)も、見事に書き尽くしなさる。
おそばに人は多くなく、女房が二、三人ばかりで、墨などを擦らせなさって、由緒ある古い歌集の歌などを、これはどうだろうかなどと選び出しなさると、残念なものは一つもなく、立派なものばかりが控えている。
御簾をあちこち上げ渡して、脇息の上に草子を置いて、〔御簾の〕端近くにくつろいで、筆の尻をくわえて思いをめぐらしておられる様子は、見飽きることがないほど見事である。白や赤などの、際立って立派な紙の枚については、筆を取り直し、心を用意なさる様子までも、〔その心を〕見知る人なら、なるほど賞賛せずにはいられないお姿である。
「兵部卿宮(蛍宮)がお渡りになる」と申し上げる声が聞こえると、〔源氏は〕驚いて、御直衣をお召しになり、御茵(お座席)を差し上げ添えさせなさって、そのままお迎えして、お入れ申し上げなさる。この宮もたいそう清らかなお姿で、御階(きざはし)を美しく歩み上りなさる間、室内でも人々が覗いて拝見する。互いに畏まって、礼儀正しく振る舞っておられるのも、たいそう清らかで美しい。
「所在なく籠もっておりますのも、苦しいほどに思われる心ののどかさのせいで、折よくお渡りくださいました」と、〔源氏は〕喜んで申し上げなさる。あの御草子を〔源氏に〕お待たせして、〔蛍宮は〕お渡りになったのであった。〔源氏が〕そのままご覧になると、格別優れてはいないお手跡ながら、ただ一つの取り柄として、たいそう筆が澄んだ様子で書きなさっている。歌も、わざとらしく、古めかしい古言を選んで、ただ三行ほどに、文字少なく好ましくお書きになっている。大臣(源氏)は、ご覧になって驚かれた。
「これほどとは思ってもみませんでした。まったく筆を投げ捨ててしまいそうです」と、〔源氏は〕羨ましがりなさる。
「このようなお方々の中で、面目なく下す筆の腕前は、それでもまあと思っております」などと、〔蛍宮は〕戯れなさる。
〔若者たちが〕書いた草子の数々も、隠しなさるべきものでもないので、〔源氏は〕取り出させなさって、互いにご覧になる。
唐の紙の、たいそう引き締まったものに、草書でお書きになったものは、格別に見事だと〔蛍宮が〕ご覧になるが、高麗の紙で、肌理細かく柔らかで親しみやすいものが、色などは華やかでなく、優美であるところに、おおらかな女手で、端正に心を込めてお書きになったものは、例えようもない〔見事さである〕。
ご覧になる人の涙までが、筆の流れに添って流れる心地がして、見飽きることがありそうもないのに、また、ここの紙屋の色紙で、色合いが華やかなものに、乱れた草書の歌を、筆に任せて乱れ書きなさったものは、見所が限りない。乱れた中にも愛嬌があり、見ていたいので、まったく残りのものに目もおやりにならない。
左衛門督は、大げさで畏まった趣向ばかりを好んで書いたけれど、筆の運びが型にはまって澄み切らない心地がして、〔筆に〕労り(気遣い)が加わった様子である。歌なども、わざとらしく、選んで書いている。
女の方々のものは、表立っては取り出しなさらない。斎院のものなどは、まして取り出しなさらなかった。葦手の草子の数々は、それぞれに儚くも風情がある。
宰相中将(夕霧)のものは、水の勢い豊かに書き成して、そそけた(乱れ立つ)葦の生え様などが、難波の浦に似通って、あちらこちら行き交じって、たいそう澄んだところがある。また、たいそう厳めしく、打って変わって、文字の様子や、石などの佇まいを、好んでお書きになった枚もあるようだ。
「目も及びません。これは暇がかかりそうなものですね」と、〔蛍宮は〕興じて賞賛なさる。何ごとにつけても風流を好み、艶っぽく振る舞われる親王なので、たいそう見事だとお褒め申し上げなさる。
今日はまた、書のことをあれこれお話しして日を暮らし、さまざまな継紙の本の数々を、〔源氏が〕選び出させなさったついでに、御子の侍従に命じて、宮(蛍宮)のもとに仕える本の数々を取りに遣わす。
嵯峨天皇が、『古万葉集』を選んでお書かせになった四巻、延喜の帝(醍醐天皇)が、『古今和歌集』を、唐の浅縹(薄い藍色)の紙を継いで、同じ色の濃い紋の綺(あや織り)の表紙、同じ玉の軸、緞(どんす)の唐組の紐など、優美で、巻ごとにお手跡の趣を変えながら、見事に書き尽くさせなさった〔その本々を〕、大殿油(灯火)を短くお持ちしてご覧になると、
「尽きることのない見事さですね。この頃の人は、ただ片端を気取っているだけなのです」などと、〔蛍宮は〕賞賛なさる。〔源氏は〕そのままこれは〔自分のもとに〕留め置き申し上げなさる。
「娘などを持っていたとしても、めったに見せびらかすことのないものには伝えるはずがないものを、まして、朽ちてしまうような〔相手〕には」などと〔源氏は蛍宮に〕申し上げなさる。侍従に、唐の本などでたいそう立派なものを、沈(香木)の筥に入れて、見事な高麗笛を添えて、〔蛍宮に〕差し上げなさる。
またこの頃は、ただ仮名の優劣の評定をなさって、世の中で書が上手と評判の、上中下の人々にも、ふさわしいものどもをお考えになって、尋ねては書かせなさる。この御筥には、劣ったものを混ぜなさらず、わざわざ、その人の程度に応じて、品を分けさせなさりながら、草子や巻物を、皆書かせて集めなさる。
あらゆる点で珍しい御宝物の数々が、帝でさえ手に入れ難いほどである中に、これらの本こそは、見たいと心を動かされる若人が、世に多かったのである。御絵の数々を〔源氏が〕お整えになる中に、あの『須磨の日記』は、後世にも伝えて知らせようとお思いになるけれど、「今もう少し世の中のことを〔若者たちが〕知るようになってから」と思い直されて、まだ取り出しなさらない。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第32冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。