ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第32帖 梅枝 / 第8場面

内大臣の姫君と中務宮の文

あらすじ・人物・読み方

明石の姫君の入内の仕度を聞く内大臣は、わが姫君の行く末を案じて柏木と言い交わし、姫君に、恋に身を誤ってはならないと諭す。中務宮の心変わりを聞いて涙ぐむ姫君のもとに、中務宮から文が届き、二人は歌を詠み交わす。

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現代語で読む

内大臣は、この〔明石の姫君の入内の〕ご準備を、他人のこととしてお聞きになるのも、たいそう待ち遠しく、物足りなくお思いになる。姫君(真木柱)のご様子は、盛りに整って、惜しいほど美しくあられる。所在なくしんみりしておられる様子は、〔内大臣にとって〕この上ないお嘆きの種である上に、あの人(中務宮)のご様子が、また、同じように穏やかであるので、「〔姫君が〕心弱く〔中務宮に〕進み寄るのも、人笑いになるし、〔中務宮が〕熱心だった頃の様子に、なびいてしまったら」などと、人知れず思い嘆いて、一方だけに罪を負わせなさることもない。

このように少し和らいだ〔内大臣の〕ご様子を、宰相の君(柏木)はお聞きになるけれど、しばらく冷たかった〔姫君の〕お心を辛いと思っているので、素っ気なく振る舞い、〔気持ちを〕静めて、さすがに他の女性へ心を向ける気にもなれず、自らの心から戯れることのできない折が多いけれど、「浅緑」と〔姫君を〕申し上げ合っていた御乳母たちに、納言に昇進して〔姫君に〕お目にかかろうというお気持ちは深いようである。

内大臣は、「妙に浮ついた様子だな」と、思い悩んで、「あの辺りのこと(中務宮との縁)を、思い絶えてしまったのなら、右大臣や中務宮などが、それとなく言わせなさっているようなので、どこか〔嫁ぎ先を〕思い定めなさい」とおっしゃるけれど、〔姫君は〕何も申し上げなさらず、畏まったご様子で控えておられる。

「このようなこと(恋のこと)は、〔亡き父の〕賢いお教えにさえ従うことができなかったので、言い出すのも憚られるけれど、今思い合わせると、あのお教えこそ、末長い戒めであったのだ。所在なく過ごしていると、思い悩むことがあるのかと、世間の人も推し量るだろうに、前世からの因縁に引かれる方へと、素直なこととしてすっかりなびいてしまうのは、たいそう後ろめたく、人聞きの悪いことだよ。

ひどく思い上がっても、心の思うようにはならず、〔身分には〕限りがあるのだから、恋に溺れる心に身を任せるな。幼い頃から、宮中(帝のおそば)に育って、身を心のままにせず、窮屈なほどに〔慎んで〕、少しでも過ちがあれば、軽々しいとの非難を負うまいかと、慎んできたのに、それでも恋の過ちを負って、世間に辱められたのだった。

位が浅く、何ということもない身のほどでは、打ち解けて、心のままの振る舞いなどなさるな。心が自然と奢ってくると、思いを静める手立てのない時に、女のこと(恋)によってこそ、賢い人も、昔も乱れた例があるのだ。

あってはならないことに心を向けて、〔相手の〕人の名をも立て、自らも恨みを負うことが、結局の束縛となるのだ。〔縁あって〕見誤りながらも共に見る人が、自分の心に適わず、忍ぶことの難しい節があっても、なお思い返す心を身につけて、あるいは親の心に譲り、あるいは親がなくて世間が片寄って(不完全で)あっても、人柄が気の毒であるなどという人については、それを一つの取り柄として見てあげなさい。自分のため、人のため、結局は良くなるような心を深く持つべきなのだ」。

などと、のどかに所在ない折には、〔内大臣は〕このようなお心遣いばかりを〔姫君に〕お教えになる。

このようなお諌めについて、戯れにでも他の男へ心を寄せることは、〔姫君は〕しみじみと、他人事でなく我がこととしてお感じになる。姫君も、いつもよりとりわけ、内大臣が思い嘆いておられるご様子に、恥ずかしく、辛い身の上とお沈みになるけれど、表向きは素っ気なくおおらかに、物思いに耽って過ごしなさる。

〔中務宮からの〕お手紙は、思い余っておられる折々に、しみじみと心深い様子で申し上げなさる。「誰の真実を〔信じたらよいのか〕」と思いながら、世慣れた人こそ、むやみに人の心をも疑うものだそうで、〔姫君には〕しみじみと感じられる節が多い。

「中務宮は、大殿(源氏)にもご意向をいただいて、そうなるかと、思い交わしておられたそうです」と、人が申し上げると、内大臣は、打って変わって胸が塞がる思いである。〔声を〕忍んで、

「そんなことを聞いてしまった。情けのない人のお心でもあったのだな。大臣(源氏)が口を入れたときに、〔私が〕執念深かったと言って、〔中務宮は心を〕引き違えなさったのだろう。〔姫君が〕心弱くなびいても、人笑いになっただろうことよ」などと、涙を浮かべておっしゃると、姫君は、たいそう恥ずかしい上に、わけもなく涙がこぼれるので、居たたまれなくて背を向けなさった、その愛らしさは限りない。

「どうしようか。やはり進み出て、〔中務宮の〕様子をうかがおうか」などと、思い乱れてお立ちになった〔内大臣の〕名残にも、〔姫君は〕そのまま端近くで物思いに耽りなさる。

「妙なことに、心が後れていても進み出てしまう涙だな。〔父は〕どうお思いになっただろう」。

などと、さまざまに思い続けておられるうちに、〔中務宮から〕お手紙がある。さすがに〔姫君は〕ご覧になる。〔文面は〕細やかで、つれない態度が辛い世の常となってゆく中でも、〔あなたを〕忘れない人こそ、他の人とは違うのです。とある。「様子ばかりもほのめかさない、つれなさだこと」と、思い続けなさるのは辛いけれど、

これを限りとて、忘れ難い〔あなた〕を忘れるのも、これが世になびく心というものなのでしょうか。とある〔文面〕を、「妙だ」と、放っておけず、身を乗り出すようにして見入っておられた。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第32冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。