ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第33帖 藤裏葉 / 第6場面

賀茂祭の桟敷と柏木の贈歌

あらすじ・人物・読み方

賀茂祭の日、六条院の一行は簡素ながら格別の威勢で参詣し、帰りには桟敷から祭を見物する。源氏は、中宮の母御息所が車を押しのけられた昔のことを思い出し、残された人々の運命のはかなさを語る。近衛司の使を務める藤典侍の出仕の支度のもとへ柏木が訪ねて歌を贈ると、典侍は車に乗る間際にも巧みに切り返して応える。

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現代語で読む

こうして、六条院の御準備は、二十余日にわたるほどであった。対の上〔紫の上〕が、御阿礼〔賀茂祭の行列〕に参詣なさるということで、いつもの御方々をお誘い申し上げなさるけれど、かえって、それほど続けて〔参詣して〕気苦労なさることをお思いになって、どなたもどなたも〔院に〕お留まりになって、仰々しいほどでもなく、御車は二十輌ばかりで、御前駆なども、煩わしいほど人数は多くもなく、簡素にそぎ落としたことがかえって、様子は格別である。

祭の日の暁に〔一行は〕参詣なさって、帰りには、物見をなさるはずの御桟敷にいらっしゃる。御方々の女房は、それぞれ車を連ねて、御前が、場所を占めている様子は、厳めしく、「あれがそれ〔六条院の一行〕だ」と、遠目からも驚くほどの御威勢である。

大臣〔源氏〕は、中宮〔藤壺〕の御母の御息所が、車を押しのけられなさった時のことを思い出しなさって、「時と場合によって思い上がって、あのようなことをするのは、情けのないことだったのだ。この上なく心を痛めていた人も、嘆きを負うような様子で亡くなってしまった」

と、そのあたりはお話を途中でお止めになって、「残って生きている人で、中将は、このようにただの人として、わずかに出世しているようだ。宮〔藤壺〕は比類ない身分でいらっしゃるのも、思えば、たいそう哀れなことだ。すべてがたいそう定めのない世であるからこそ、何ごとも思いのままに、生きている限りの生涯を過ごしたいものだと思うけれど、〔自分の亡き後に〕残りなさるであろう末の世などの、比べようもない衰えなどまでも、思い憚られるので」

と、〔源氏は居合わせた人々と〕語らいなさって、上達部なども御桟敷に参り集まりなさったので、〔源氏は〕そちらへお出ましになった。

近衛司の使は、頭中将〔内大臣〕であった。あの大殿〔頭中将の邸〕で、〔使たちが〕出発の支度をする場所から、人々は参上なさるのだった。藤典侍も〔近衛司の〕使であった。〔典侍の〕評判は格別で、内裏や春宮をはじめとして、六条院などからも、お見舞いの品々が場所も狭いほど〔多く届き〕、御心寄せはたいそう見事である。

宰相中将〔柏木〕は、〔藤典侍の〕出仕の支度をする場所にまでお見舞いなさっていた。打ち解けずとも情愛を交わし合われなさる御仲なので、このように高貴な方〔女二の宮〕のもとに〔柏木の妻として〕定まりなさってしまったことを、並々ならず心の中で思っていた。

何ということでしょう。今日の挿頭を眺めるうちに、心もぼんやりと分からなくなってしまったことです。あさまし〔思いがけないことです〕」

と〔柏木の歌が〕あるのを、〔藤典侍が〕時機を逃しなさらないほどのことを、どのようにお思いになったのだろうか、たいそう騒がしい中で、〔典侍が〕車に乗ろうとする時であるけれど、

挿頭に挿しても、なおすぐに辿り当てられてしまう草の名は、桂を折ったあなたこそご存じでしょう。博士〔祭の行列の博士〕でなければ〔分かるまい〕」

と〔藤典侍は柏木へ〕申し上げた。ささやかな〔返歌〕だけれど、〔柏木は〕悔しい返事だとお思いになる。やはり、この内侍〔藤典侍〕に、〔柏木は〕思いが離れず、紛れて近づきなさるに違いない。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第33冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。