ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第34帖 若菜上 / 第10場面

女三の宮、六条院へ

あらすじ・人物・読み方

二月、女三の宮が六条院へ移り、盛大な儀式で迎えられる。幼くあどけない宮を源氏は紫の上と比べ、通い続ける苦しい胸の内を打ち明ける。紫の上は微笑んで取りなし、源氏は古歌を書き交ぜ、紫の上も返歌するが、二人の間には世の噂への不安が残る。

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現代語で読む

こうして、二月の十日過ぎに、朱雀院の姫宮が六条院へお移りになる。この院でも、お心づかいは世の常とは異なっていた。若菜を差し上げた西の放出に御帳を立て、そちら側の一、二の対や渡殿にわたって、女房の部屋々に至るまで、細かくしつらえ磨かせなさった。内裏へ参上する人の作法をまねて、あちらの院からも調度などが運ばれてくる。お移りの儀式は、言うまでもなく盛大であった。

お見送りに、上達部などが大勢参上なさる。あの家司になることを望んでいた大納言も、心穏やかでなく思いながらお仕えしている。車を寄せた所に、院(源氏)がお出向きになって、自ら姫宮を車から下ろし申し上げなさるなども、例とは異なることどもであった。

姫宮が普通の人の身分でいらっしゃれば、あらゆることに限りがあって、内裏への参上とも似ず、婿君と呼ぶのとも異なって、珍しいご関係の間柄なのである。

三日の間、あちらの院からも、主人の院側からも、厳かで珍しい風雅を尽くしなさる。

対の上も、何かにつけてただではいられないお気持ちになる世のありさまである。本当に、こうしたことにつけて、ひどく人に劣って消え失せることもあるはずはないけれど、また並ぶ人がいないのが常でいらっしゃって、華やかに将来も遠く、軽んじにくい様子で時を過ごしてこられたのに、少しきまり悪くお思いになるけれど、何もないように振る舞って、お移りの際にも、心を込めてこまごましたことまでなさって、たいそう可愛らしいご様子を、源氏はいよいよ得がたいこととお思い申し上げになる。

姫宮は、本当に、まだたいそう幼く、未熟でいらっしゃるうちにも、たいそうあどけない様子で、ひたすら若々しくいらっしゃった。

あの紫のゆかりの少女を探し当てて引き取った時のことを思い出しなさると、

「あの時はそれでも言い甲斐があったが、これは、たいそうあどけなくばかり見えるので、よいかもしれない。憎らしいほどしっかりしていることなどはなさそうだ」

とお思いになるものの、「あまりにも華やかさのないご様子だな」と拝見なさる。

三日の間は、夜ごと離れず姫宮のもとへ通いなさるのを、紫の上は年来そうし慣れておられない気持ちで堪えるけれど、やはりしみじみと切ない。お衣装などに、いよいよ薫き染めさせなさりながらも、物思いにふけっておられる様子は、たいそう可愛らしく魅力的である。

「どうして、どんなことがあろうとも、ほかの人を並べて見ることがあろうか。浮ついて、心弱くなってしまった私の過ちのために、こんなことも起こるのだなあ。若いけれど、中納言のことは思いをかけなくなっていたようだったのに」

と、自分ながら辛く思い続けると、涙ぐまれて、

「今夜だけは、当然のこととしてお許しください。これから後の行き来の途絶えがあるようでは、私自身も気が進まないでしょう。また、そうは言っても、あちらの院がお聞きになることですよ」

と、思い乱れておられる源氏のお心の内は、苦しそうである。紫の上は少し微笑んで、

「ご自身のお心でさえ、きっと定められないようなのに、まして道理も何も、どこに落ち着くというのでしょう」

と、どうにもならないように取りなして言われると、源氏は恥ずかしくさえお思いになって、頬杖をついて、寄り臥しなさると、硯を引き寄せなさって、

目の近くで移り変わっていく世の中を、行く末遠くまで頼りにしてきたことだなあ

古い言葉などを書き交ぜなさった歌を、紫の上は手に取ってご覧になって、頼りない言葉だが、なるほど道理だと思いながら、

命は絶えるなら絶えてもよい。定めのない世の中で、普通ではない私たちの仲の契りを思えば

すぐには姫宮のもとへお渡りになれないのを、

「たいそう傍らで見ていて気の毒なことだなあ」

と、源氏がお勧め申し上げると、姫宮はしなやかに美しい様子で、この上なく美しく輝いてお渡りになるのを、紫の上が見送りなさるのも、たいそうただごとではない気持ちなのである。

年来、そうなるかもしれないと思っていたことどもも、今はもうとばかり遠ざけておられながら、それならこういうことかと打ち解けていく末に、時がたって、世間の耳にも並々でなく伝わるようなことが起こってしまったのだ。思い定めることのできる世のありさまではなかったので、源氏は今から後も不安にお思いになるようになった。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第34冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。