源氏物語 第34帖
若菜上 わかなじょう
あらすじ
病に伏す朱雀院は、母を亡くした幼い女三の宮の行く末を案じ、出家して宮を源氏に託す。源氏の四十の賀と若菜の宴、女三の宮の六条院入り、明石の女御の懐妊と若宮の誕生が続き、やがて三月の蹴鞠の日、猫が引き落とした御簾の向こうを柏木が垣間見る。
この帖の人物
場面 第1–5場面
第1場面朱雀院の病と女三の宮の行く末病に悩む朱雀院は出家を決意するが、十三、四歳の女三の宮の行く末が気がかりでならない。東宮には娘たちへの配慮を頼み、六条院からの見舞いの使者夕霧を御簾の内に招いて、桐壺院の遺言と源氏への思いを涙ながらに語り、源氏自身の訪問を促すよう伝える。第2場面婿選びの評定朱雀院は夕霧に、女三の宮を安心できる人に預けたい意向を漏らす。女房たちは夕霧の美しさを讃え、院は源氏の比類ない人柄と夕霧の昇進ぶりを語る。乳母たちには源氏のような後見を望みつつ、権中納言が独り身の頃を逃した悔いや、源氏の変わらぬ好色への懸念も口にする。第3場面乳母と弁の奔走朱雀院が女三の宮の後見を源氏に託そうとする御意向を、宮の乳母が兄の左中弁に語り、源氏への打診を頼む。弁は源氏の御人柄を語って見通しを述べ、乳母も内々に働きかけてきた経緯を明かす。一方、院御自身も兵部卿宮をはじめ候補者たちを思い比べては決めかね、宮の将来を案じて煩悶なさる。第4場面候補者たちの思惑女三の宮の婿にと太政大臣は衛門督を推して尚侍に働きかけ、兵部卿宮や藤大納言、権中納言もそれぞれに思いをめぐらす。春宮のお言葉もあって朱雀院の御決意は固まり、弁を通じて源氏に御意向が伝えられる。源氏は重荷に戸惑いながらも、宮への御同情を深めてゆく。第5場面裳着と出家、櫛の贈答病の癒えぬ朱雀院は、女三の宮の裳着を盛大に執り行い、中宮から贈られた由緒ある櫛への返歌に昔を偲ぶ。儀式を終えた三日後、院はついに落飾し、尚侍の君や女宮たちの嘆きの中、出家の作法が悲しく進められる。
場面 第6–10場面
第6場面朱雀院、源氏に宮を託す落飾した朱雀院を六条院が見舞い、変わり果てた姿に悲しみを抑えきれない。院は出家の本意を果たせなかった弱さを語り、後見のない女三の宮を特に案じて、源氏にその後見を託したいと打ち明ける。第7場面源氏、紫の上に打ち明ける朱雀院から女三の宮の降嫁を託された源氏は心が乱れる。翌日の雪の日、源氏は紫の上に事情を打ち明け、自分の心は変わらず宮も疎かにしないと約束し、世間の噂に騒がぬよう諭す。紫の上は穏やかに受け入れるが、内心では不安を抱え続ける。第8場面四十の賀と若菜の宴年が改まり、源氏の四十の賀の準備が進む。正月二十三日の子の日、花散里が若菜を献上し、南の御殿では源氏が久々に前斎院の尚侍の君と対面する。若菜に小松を添えた歌と源氏の返歌が交わされ、賀の宴の華やかな幕開けとなる。第9場面管弦の遊びと尚侍の帰館朱雀院の賀の管弦の遊びに式部卿宮が訪れ、太政大臣や柏木、兵部卿宮らが名琴を弾き合う。源氏も珍しい曲を披露し、夜の更けるまで見事な演奏が続く。明け方、帰る尚侍の君は、年月を数え知らされた心細さと、思うように対面できない残念さを源氏に語る。第10場面女三の宮、六条院へ二月、女三の宮が六条院へ移り、盛大な儀式で迎えられる。幼くあどけない宮を源氏は紫の上と比べ、通い続ける苦しい胸の内を打ち明ける。紫の上は微笑んで取りなし、源氏は古歌を書き交ぜ、紫の上も返歌するが、二人の間には世の噂への不安が残る。
場面 第11–15場面
第11場面紫の上の苦悩と雪の朝紫の上は女三の宮の降嫁に平静を装うが、女房たちの噂や他の御方々の探りに心を乱し、源氏のいない夜を須磨の別れを思い出して眠れずに過ごす。明け方、夢に心騒いだ女三の宮が雪の庭を渡って源氏を訪ね、二人で過ごす様子に、紫の上は思いやりのない源氏の心を苦しく思う。第12場面源氏と女三の宮の贈答源氏は雪の朝、女三の宮へ梅に添えた文を贈り、返歌の幼い筆に宮のあどけなさを改めて思う。昼に宮のもとを訪れ、その無心で愛らしい様子に憎からず心惹かれながらも、長年連れ添った紫の上への変わらぬ思いの深さをしみじみと感じる。第13場面朱雀院の消息と返事出家した朱雀院は女三の宮の後見を源氏と紫の上に託し、紫の上は返歌で応える。源氏は旧恋の前斎院尚侍の君への思いを断ち難く、和泉守を介して忍びの対面を願い、紫の上には常陸の君の見舞いと偽って出かける支度をする。第14場面前斎院への忍び訪問源氏は網代車で二条の宮を訪れ、物を隔てて尚侍の君と昔を語り、和歌を交わす。夜明け、藤の花を折って歌を残して帰るが、未練は断ち難く、帰宅後も紫の上に再訪の望みを語り、心を慰められる。第15場面淑景舎の対面と手習の歌桐壺の女御が病で退出し、女三の宮は東面に住む。紫の上は淑景舎で宮と対面し、源氏は紫の上の手習の歌を見つけて歌を書き添える。やがて紫の上と明石の姫君は中の戸を開けて宮と親しく語らい、人々の疑いも和らぐ。
場面 第16–20場面
第16場面朱雀院五十の賀の準備神無月、紫の上は朱雀院の賀に嵯峨野で薬師仏を供養する。二条院では二十三日の賀の準備が進み、衣装や調度が整えられ、紅梅と柏木が舞う。源氏は故入道宮を偲び、今上は行幸を望むが源氏に辞退され残念に思う。第17場面賀の当日秋好中宮は源氏の四十の賀を表向きは控えながらも、奈良七大寺や都の四十寺への布施で心を表す。当日、六条院の丑寅の町では太政大臣らを招いて饗宴が開かれ、新任の大将の任命も加わって管弦の遊びと贈り物が華やかに続いた。第18場面明石女御の懐妊と尼君の歌年が改まり、懐妊した明石の女御は二月ごろから気分が変わって悩み、明石の御町の中の対に移って修法が営まれる。訪れた大尼君は昔の明石での出来事を涙ながらに語り、女御と歌を交わして、積年の思いを晴らせない心を詠んだ。第19場面若宮の誕生と明石入道の文春宮の女御である明石の姫君が男宮を無事に出産し、六条院は喜びに包まれる。祖母の尼君は若宮を世話し、紫の上も慈しむ。明石の入道は孫の誕生を聞いて長年の夢と願いが叶ったと喜び、深山に籠もる決意を文に書き、願文を収めた文箱とともに明石の君へ送る。第20場面文箱をめぐる語らい明石の君は入道の使いの大徳から、入道が深山に籠もり琴や琵琶を仏前に施した様子を聞き、尼君と夜通し語らって別れを悲しむ。後日、明石の君は源氏と紫の上の前で文箱を示し、願文を託すとともに、対の上への心配りを言い残す。
場面 第21–25場面
第21場面源氏と明石の君の対話源氏は女三の宮の部屋から明石の君のもとへ渡り、若宮を対の上へ渡したことを戯れに咎める。君が明石入道から届いた文箱の由緒を明かすと、源氏は入道の修行と先祖の大臣の志、姫君誕生の契りを思い、涙ながらに夢語りの書状を取り上げる。第22場面対の上への思い明石の君は女御に文箱の始末を告げ、源氏は紫の上の心の癖のなさこそ穏やかな人の極みだと讃え、君に女三の宮の後見を託す。謙遜する君の人柄を思いながら源氏は対の上へ渡り、残された君は自らの宿世と山住みの入道を案じる。第23場面柏木の恋と蹴鞠夕霧も柏木も、六条院に降嫁した女三の宮への思いを募らせていた。弥生のうららかな日、院での蹴鞠の最中、猫が追われて御簾が引き開けられ、柏木は几帳の際に立つ女三の宮の姿を垣間見て、胸を塞がれる。第24場面蹴鞠の帰路と贈答垣間見の後、源氏の昔語りに柏木は身の程を思い知らされ、胸を塞いで退出する。帰路、夕霧と同車して宮の待遇を語り合ううち、柏木は鶯の歌を口ずさみ、夕霧が返歌するが、煩わしさに話は紛れて別れる。第25場面柏木の文と女三の宮の返事東の対に独り住む柏木は、女三の宮への思いを募らせ、小侍従に文を送る。文の歌に、先日の簾の端の出来事を思い合わせて宮は顔を赤らめるが、返事は小侍従の代筆で、届かぬ枝に心をかけるなとたしなめる歌が届く。
出典・底本
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第34冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。