ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第34帖 若菜上 / 第14場面

前斎院への忍び訪問

あらすじ・人物・読み方

源氏は網代車で二条の宮を訪れ、物を隔てて尚侍の君と昔を語り、和歌を交わす。夜明け、藤の花を折って歌を残して帰るが、未練は断ち難く、帰宅後も紫の上に再訪の望みを語り、心を慰められる。

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現代語で読む

宵を過ぎて、親しい供人だけ四、五人ほどで、網代車の、昔を思い出すような質素な姿でお出かけになる。和泉守を通じて、ご到着をお知らせ申し上げる。このようにお越しになったことが、ひそひそと聞こえると、尚侍の君は驚きなさって、

「不思議なこと。どのようにお伝えしたのかしら」

と不機嫌におっしゃるが、

「風流なふりをしてそのままお帰し申し上げるのは、たいそう都合が悪うございましょう」

と言って、強いてあれこれ考えをめぐらして、お入れ申し上げる。源氏はご機嫌伺いなどを申し上げなさって、

「ただここ近くに、物を隔ててでも。決して昔のようなあってはならない心などは、すっかりなくなっているのに」

と、無理に申し上げなさると、尚侍の君はたいそう嘆きながら、膝行して出てこられた。

「やはりそうだ。やはり、親しさというものは」

と、一方ではお思いになる。互いに、並々ならぬ身じろぎであるので、しみじみとする情も少なくない。東の対であった。辰巳の方の廂にお据え申し上げて、障子の後ろだけは固めてあったので、

「たいそう若やいだ気持ちもするなあ。年月の積もりをも、紛れなく数えられる癖があるのに、このようにぼんやりしているのは、たいそうつらいことだ」

と恨み言を申し上げなさる。

夜はたいそう更けていく。玉藻に遊ぶ鴛鴦の声などが、しみじみと聞こえて、しっとりと人目の少ない宮の中の様子も、「何と移りゆく世だろう」と思い続けると、平中の真似ではないが、本当に涙もろくなってしまう。昔と変わって、大人らしく落ち着いてはお話し申し上げるものの、「これをこのままにしてよいか」と、障子を引き動かしなさる。

長い年月を隔てて逢坂の関のように、どうにも堰き止めがたく落ちる涙であることよ

女は、

涙ばかりは堰き止めがたい清水の関で、行き逢う道はとうに絶えてしまったのに

などと遠ざけるように申し上げなさるが、昔を思い出しなさるにつけても、

「誰のために、あれほど噂された大変なこともあった世間の騒ぎだったのだろう」と思い出しなさると、「本当に、もう一度の対面はあってもよいはずだった」

と、心が弱くなりなさるのも、もともとずぼらなところがなかった方で、長年、さまざまに世の中を思い知り、過去を悔しく思い、公私のことに触れるたび数えきれないほど思いを重ねて、たいそう慎んで過ごしてこられたけれど、昔を思わせるご対面に、あの頃のことも遠くない気持ちがして、心強く振る舞うことがおできにならない。

やはり、しっかりしていて、若く懐かしくて、並々ならぬ世間への慎みも情愛も思い乱れて、嘆きがちでいらっしゃる様子などが、今初めてのことであるよりも珍しくしみじみとして、夜が明けていくのもたいそう残念で、お帰りになる空模様でもない。

夜明けのただならぬ空に、百千鳥の声もたいそうのどかである。花は皆散り過ぎて、名残がかすむ梢の浅緑の木立を、「昔、藤の宴をなさったのは、この頃のことだったなあ」と思い出しなさる、年月が積もったほども、その折のことを、続けてしみじみとお思いになる。

中納言の君が、お見送り申し上げようと妻戸を押し開けたところ、源氏は立ち戻りなさって、

「この藤よ。どのように染めた色なのだろう。やはり、言いようのない心の添う香りだこと。どうして、この蔭を立ち離れることができようか」

と、無理に出にくそうに思いながらためらっていらした。

山際から差し出る日の華やかな光に照らされて、目も輝く気持ちがするお姿の、格別に年を重ねて成熟なさったご様子などを、珍しく時を経ても拝見するのは、なおさら世の常とは思われないので、

「そのような形でも、どうして拝見せずに過ごしていらっしゃるだろうか。ご宮仕えにも限りがあって、身分が格別に離れていらしたこともなかったのに。亡き宮が、何事にも心を尽くしなさり、よくない世間の騒ぎで、軽々しいご評判まで響いて終わってしまったことよ」

などと思い出される。名残が多く残っただろうお話の締めくくりには、本当に残しておきたいことのようであるが、ご自身、心のままにはなさるまいし、多くの人目もたいそう恐ろしく慎ましいので、徐々に引き上げていくと、心が慌ただしくて、廊の戸のそばに車を寄せた人々も、ひそかに咳払いをして知らせる。

人を呼んで、あの咲きかかった花を、一枝折らせなさった。

沈んでしまったことも忘れていないのに、懲りもせず、身も投げてしまいそうなこの宿の藤の花よ

たいそう思い悩んで、寄り座っていらっしゃるのを、尚侍は気の毒に拝見する。女君も、今さらたいそう慎ましく、さまざまに思い乱れていらっしゃるが、花の蔭は、やはり懐かしくて、

身を投げようという淵も本当の淵ではないので、決して心をかけますまい、懲りない波には

たいそう若やかなお振る舞いを、心の中では許せないことと思いながらも、関守の固くない油断によるのだろうか、たいそうよく語らい置いてお出かけになる。

その昔も、人より格別に心を留めて思いなさっていたお気持ちのまま、わずかで終わったご関係には、どうして情愛も少なくあろうか。

ひどくひそかに入りなさった寝乱れたお姿を待ち受けて、女君は、それほどだろうと心得ていらしたが、ぼんやりと取り繕っていらっしゃる。かえって打ち伏していらっしゃるだろう場合よりも気の毒で、「どうして、こんなに見放していらっしゃるのだろう」と思われるので、以前よりいっそう深い契りだけを、長い世をかけてお話し申し上げなさる。

尚侍の君のごことも、また漏らすべきではないけれど、昔のこともご存じでいらっしゃるので、包み隠さずではないけれど、

「物を隔てて、わずかだった対面は、未練の残る気持ちがする。どうにか人目に咎められないよう隠して、もう一度も」

と、お話し申し上げなさる。微笑んで、

「今風にもおなり返るお姿ですね。昔を今に改めて加えなさるほど、宙ぶらりんな身の上にとっては苦しくて」

と言って、さすがに涙ぐんでいらっしゃる眼差しが、たいそう愛らしく見えるので、

「このように心安くないご様子こそ苦しい。ただ素直に引き抓むなどして、教えてください。隔てがあるはずもなく、慣れ親しみ申してこなかったのに、思いがけなくそうなってしまったお心なのです」

と言って、あれこれお心を取りなさるうちに、何事も残しなさらなくなったようである。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第34冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。