ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第34帖 若菜上 / 第16場面

朱雀院五十の賀の準備

あらすじ・人物・読み方

神無月、紫の上は朱雀院の賀に嵯峨野で薬師仏を供養する。二条院では二十三日の賀の準備が進み、衣装や調度が整えられ、紅梅と柏木が舞う。源氏は故入道宮を偲び、今上は行幸を望むが源氏に辞退され残念に思う。

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現代語で読む

神無月に、紫の上は、朱雀院の賀のために、嵯峨野の御堂で薬師仏を供養なさった。盛大なことは、朱雀院が切にお諫め申し上げるので、ひっそりと行おうとお考えになっていた。

仏像、経箱、帙や簀の子などの整えは、まことの極楽が思いやられる。最勝王経、金剛般若経、寿命経など、たいそう豊かなお祈りである。上達部がたいそう多く参列なさった。

御堂の様子は、趣深く言いようもなく、紅葉の蔭を分け行く野辺のあたりから始めて、見物である上に、一方では、人々が競って集まっておられるようだ。

霜枯れした野原一面に、牛車の行き交う音が頻繁に響いていた。お経の奉納を我も我もと、お方々が盛大になさっている。

二十三日を賀の当日として、この朱雀院は、このように隙間なく人々が集まっておられる中で、ご自身の私邸とお思いになる二条院で、その準備をさせなさる。ご装束をはじめ、大方のことも、皆こちらでだけなさる。お方々も、担当すべきことを分けながら、進んでお仕え申し上げる。

対のお方々は、人々の局にしていたものを片付けて、殿上人、諸大夫、院司、下人に至るまでの準備を、盛大にさせなさった。

寝殿の放ち出を、いつもの設えで、螺鈿の倚子を立てた。

御殿の西の間に、御衣の机を十二立てて、夏冬のご衣装、御衾などを、いつものように、紫の綾の覆いが美しく見え渡って、中の心遣いは表には現れない。

御前に置物の机を二つ、唐の布地の裾濃の覆いをして置いた。挿頭の台は、沈香の花足、黄金の鳥、銀の枝に止まった趣向など、淑景舎のお預かりで、明石の君が作らせなさったもので、由緒深く格別な心遣いである。

後ろの御屏風四帖は、式部卿宮が作らせなさったものだった。たいそう力を尽くして、いつもの四季の絵ではあるが、珍しい山水や淵などが、見慣れず面白い。北の壁に沿えて、置物の御厨子を二具立てて、御調度類はいつものとおりである。

南の廂に、上達部、左右の大臣、式部卿宮をはじめ申し上げて、次々に至っては参列なさらない人はいない。舞台の左右に、楽人の平張を打って、西東に屯食八十具、禄の唐櫃を四十ずつ続けて立てた。

未の時頃に楽人が参る。「万歳楽」「皇じょう」などを舞って、日が暮れかかる頃に、高麗の乱声をして「落蹲」を舞い出たところは、やはり普段見慣れない舞の様子なので、舞い終える頃に、権中納言と衛門督が下りて「入綾」をほのかに舞って、紅葉の蔭に入ってしまった名残が、飽きることなく興深いと人々は思った。

昔の朱雀院の行幸で「青海波」が素晴らしかった夕べを、思い出しなさる人々は、権中納言と衛門督が、また劣らず立ち続けて舞ったこと、代々の評判や様子、容貌、心構えなどもほとんど劣らず、官位はやや進んでさえいることなど、年齢の程をも数えて、「やはり、そうあるべき縁で、昔からこのように立ち続けてきたご関係なのだ」と、素晴らしく思う。

主人の朱雀院も、しみじみと涙ぐましく、思い出されることが多かった。

夜に入って、楽人たちが退出する。北の政所の別当たちが、人々を率いて、禄の唐櫃に近寄って、一つずつ取って、次々に与える。白い品々をそれぞれ担いで、山際から池の堤を過ぎるあたりのよそ目には、千年の寿を兼ねて遊ぶ鶴の毛衣に見間違えられる。

お遊びが

始まって、またたいそう面白い。お琴類は、春宮が調えてくださった。朱雀院から伝わってきた琵琶や琴、今上から賜った箏の琴など、皆昔を思い出す楽器の音で、珍しく合奏なさると、どの折にも、過ぎ去った方のご様子や、宮中のあたりなどが思い出される。

「故入道宮がいらっしゃれば、このようなお賀など、私こそ進んでお仕え申し上げたでしょう。何事につけてもご厚意を拝見申し上げたことでしょう」

と、飽きることなく残念にばかり思い出して申し上げる。

今上も、故宮がいらっしゃらないことを、何事につけても栄えがなく物足りなくお思いになる上に、この朱雀院のことさえ、いつもの跡どおりの様子で心を尽くしてもお見せ申し上げられないのを、世を挙げて飽き足りないお気持ちでいらっしゃるのも、今年はこのお賀にかこつけて、行幸などもあってよいとお考えになっていたけれど、

「世の中の煩いになるようなことは、決してなさってはならないのです」

とお断り申し上げることが、たびたびになったので、残念にお思いになって思いとどまった。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第34冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。