第34帖 若菜上 / 第18場面
明石女御の懐妊と尼君の歌
あらすじ・人物・読み方
年が改まり、懐妊した明石の女御は二月ごろから気分が変わって悩み、明石の御町の中の対に移って修法が営まれる。訪れた大尼君は昔の明石での出来事を涙ながらに語り、女御と歌を交わして、積年の思いを晴らせない心を詠んだ。
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現代語で読む
年が改まった。桐壺の御方である明石の女御の出産が近づいたので、正月一日から修法を絶え間なくさせなさる。寺々や社々へのご祈祷も数えきれない。大殿の君である源氏が不吉なことをご覧になったことがあったので、このような出産のことはたいそう恐ろしいものと身にしみてお思いなのだが、対の上などがそのような出産をなさらないのは残念で物足りないものの、女御の懐妊はうれしくお思いになるにつけ、まだたいそう若くか弱いご年齢でどうなるだろうと前からご心配なさるのに、二月ごろから不思議にご様子が変わってお悩みになるので、周囲のお心も騒ぐに違いない。
陰陽師どもも、場所を変えて慎みなさるべきだと申したので、他の離れた所では心もとないとして、あの明石の御町の中の対にお移し申し上げる。こちらはただ大きな対が二つと廊などが巡っているだけだったが、修法の壇を隙なく塗って、素晴らしい験者どもが集まって大声で祈る。
母君である明石の君は、この時に自分のご宿世も明らかになるはずの出来事のようであるので、精いっぱい心を尽くしていらっしゃる。
あの大尼君も、今はこの上ないぼんやりした人であったのだろう。このご様子を拝見するのは夢のような心地がして、早く早くと参上して、近づいてお仕え申し上げる。
長年、母君はこのように付き添ってお仕えしながらも、昔のことなどをきちんとはお話し申し上げてこなかったのに、この尼君は喜びに堪えられず、参上してはたいそう涙がちに、古めかしいことどもを震えながら語り申し上げる。
最初のうちは、不思議に付き合いにくい人だなと女御はじっと見つめていらっしゃったが、このような人がいるとだけはかすかに聞いていらっしゃったので、親しみを込めておもてなしなさった。
お生まれになったころのことや、大殿の君があの浦にいらっしゃった時の様子を語る。
「今はもうと京へお上りになった時に、誰も彼も心を乱して、もうこれまでで、これだけのご縁だったのだと嘆いたのを、若君がこのように引き助けてくださったご宿世の、たいそう悲しいことよ」
と、ほろほろと泣くと、
「本当に、しみじみとした昔のことを、このようにお聞かせいただかなかったら、心もとなくても過ぎてしまったことでしょう」
とお思いになって、女御はお泣きになる。心の中では、
「私自身は、本当に誇れるほど立派な身分ではなかったのに、対の上のおもてなしに磨かれて、人々の評判なども不十分ではないようだった。人々を比べるものがないほどに思い込み、この上ない驕りをしていた。世間の人は、陰では言うこともあっただろうな」
などとすっかり思い知らされる。
母君については、もともとこのように少し身分が下がる筋だと知りながら、お生まれになったころのことなどを、あのような世間離れした土地でとはお知りでなかった。たいそうあまりに穏やかでいらっしゃるためだろう。不思議にはっきりしなかったことであるよ。
あの入道が、今は仙人のように世間にも住まない様子でいるのを聞くのも心苦しくなど、あれこれと思い乱れなさった。
たいそうしみじみと眺めていらっしゃると、お加持の人々が参上して、日中のご加持にあちらこちらから集まって騒がしく祈るので、御前には他の人は控えておらず、尼君が、よい機会を得てたいそう近くにお仕えしている。
「ああ、見苦しいこと。短い御几帳を引き寄せてお控えになればよいのに。風などが騒がしくて、自然にほころびの隙もできるだろうに。医者などのような様子をして。たいそう盛りを過ぎていらっしゃるのに」
などと、少し傍らで見ていて気恥ずかしくお思いになっていた。尼君は気取って振る舞っているように見えるけれども、ぼんやりして耳もはっきりしないので、「ああ」と傾いて座っていた。
とはいえ、たいそうそう言うほどでもないのだ。六十五、六歳のころである。尼姿はたいそう若々しく上品な様子で、目元は艶やかに泣き腫れた様子が不思議に昔を思い出したようであるので、女御は胸がつぶれる思いで、
「昔風の的外れな言葉などもございましたでしょう。よく、この世の外のような的外れな感覚に取り混ぜながら、不思議な昔のことも出てまいりましたでしょうね。夢のような心地がいたします」
と微笑んで女御が尼君をご覧になると、女御はたいそう優美で清らかで、いつもよりひどく静まり、物思いをしている様子に見えなさる。尼君は自分の子とも思えないほど畏れ多いので、
「気の毒なことを申し上げて、お心を乱していらっしゃるのだろうか。今はこれほどまでにご身分を極めなさる世に、お話し申し上げようと思ったけれど、残念にお思い捨てになるはずはないけれど、たいそう気の毒に気弱くなっていらっしゃるだろう」
と感じられる。
ご加持が終わって人々が退出したので、お菓子などを近くに用意して、「これだけでも」と、たいそう心苦しそうに思って申し上げなさる。
尼君は、たいそう素晴らしく美しく拝見するにつけても涙を止められない。顔は笑って、口元などは見苦しく広がっているけれど、目元は涙に濡れて、ひっそりと座っていた。
「ああ、傍らで見ていて気恥ずかしい」
と目で合図するけれど、尼君は聞き入れない。
老いの波が功ある浦に立ち寄って来て、塩に濡れる海人を、誰が咎めようか。年老いた私が立派な孫のそばに出てきて涙に濡れるのを、誰も咎めはしないでしょう。
昔の世でも、このような年寄りは罪を許されておりました」と申し上げる。
と申し上げる。女御は御硯のそばの紙に、
塩に濡れる海人を波路の案内として、その浜の苫屋を訪ねてみたいものです。
御方である女御も堪えきれずに、お泣きになった。
世を捨てて明石の浦に住む人も、子を思う心の闇は晴らすことはできないでしょう。
などと申し上げて、涙を紛らわせなさる。お別れしたあの明け方のことも夢の中で思い出されるのを、「残念なことだったな」とお思いになる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第34冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。