ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第34帖 若菜上 / 第20場面

文箱をめぐる語らい

あらすじ・人物・読み方

明石の君は入道の使いの大徳から、入道が深山に籠もり琴や琵琶を仏前に施した様子を聞き、尼君と夜通し語らって別れを悲しむ。後日、明石の君は源氏と紫の上の前で文箱を示し、願文を託すとともに、対の上への心配りを言い残す。

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現代語で読む

「このお手紙をお書きになって、三日目に、あの人跡絶えた峰にお移りになりました。私どもも、そのお見送りに、麓まではお供しましたが、皆お返しになって、僧一人、童二人だけを、お供に残されました。今が最後と世を背かれた折を、悲しい別れと思っておりましたが、まだ残りがございました。

年来、修行の暇々に、寄り臥しながら掻き鳴らしていらした琴のお琴や、琵琶を取り寄せなさって、掻き調べて演奏なさりながら、仏に申し上げなさって、お堂に施し入れなさった。その他の物々も、多くは差し上げなさって、その残りを、弟子たち六十余人が、親しい者ばかりお仕えしていた、その程度に応じて皆処分なさって、なお残った分を、京の御料としてお送り申し上げなさったのです。

今が最後と籠もって、あの遥かな山の雲霞に紛れてしまわれ、空しいお跡に残されて、悲しみ思う人々が多くございます」

などと(言う)、この大徳も、童の時に京から下った人が、老法師になって残っている人で、とても痛ましく心細く思われた。仏の御弟子の賢い聖でさえ、鷲の峰をたどたどしくなく頼みにしながら、なお薪が尽きた夜の迷いは深かったのに、まして尼君が悲しいとお思いになることは限りない。

御方(明石の君)は、南の御殿にいらしたが、「このようなお便りがある」と聞いて、忍んで尼君のもとへお越しになった。重々しく身を持して、並々でない事情でなければ、往き来なさることも難しいのに、「痛ましいことだ」と聞いて、心配なので、人目を忍んで来てみると、尼君はとてもひどく悲しそうな様子で座っていらした。

火を近くに取り寄せて、この文をご覧になると、本当に涙をせき止める術がなかった。他人には、何とも目に留まらないようなことだが、まず、昔の来し方のことを思い出して、恋しいと思い続けてきた心には、「会わずに終わってしまったのだ」と、ご覧になるにつけ、ひどくどうしようもない。

涙をせき止めることができず、この夢語りを、一方では行く先が頼もしく、

「それでは、ひがんだ心で、ご自分をそうあってはならない様子に流浪させなさると、中頃思い迷っていたことは、このように儚い夢に頼みをかけて、心高くていらしたのだった」

と、ようやく思い合わせなさる。

尼君は、久しくためらって、

「君の御徳によっては、嬉しく面目ないことをも、身に余って比類なく思っております。痛ましく鬱々とした思いも格別でございました。

数ならぬ身ながら、長らえた都を捨てて、あそこに沈んでいたことさえ、世の人とは違う宿世だと思ってきましたが、生きている世で行き離れ、隔たる仲の契りとは思いもせず、同じ蓮に住むはずの後の世の頼みまでかけて年月を過ごしてきて、にわかにこのように思いがけないおめでたいことが起こって、背いた世に立ち返っておいでの、甲斐ある御ことを拝見して喜ぶ一方では、心配で悲しいことが絶えず添い、ついにこうして会わずに隔てたままこの世を別れてしまったのが、口惜しく思われます。

世に過ごした時でさえ、人とは違う気性によって、世間をひがむようであったのを、若い者同士頼み合うようになって、それぞれ比類なく契り合っていたので、お互いに深く頼みにしてきました。どうして、こんなに耳に近いほど近くにいながら、こうして別れてしまうのでしょう」

と言い続けて、とても痛ましくひそみ泣きなさる。御方もひどく泣いて、

「人に優れる行く先のことも、分かりませんね。数ならぬ身には、何ごとも、はっきりと甲斐があるはずもないものながら、痛ましい様子で、心配なままに終わってしまうことだけが口惜しいのです。

万事は、しかるべき人の御ためと思われますが、そうして籠もりきってしまわれ、世の中も定めがないのに、そのままお消えになってしまえば、甲斐がありません」

と言って、夜通し、痛ましいことどもを言いながら明かしなさる。

「昨日も、大殿の君が、あなたがあちらにいると見置きなさっていたのに、にわかに這い隠れるようなのも、軽々しい様子でしょう。私一人なら、何ほども思い憚ることはありません。こうしてお側にいる方々のためなどが痛ましいので、心のままに身を持しにくいのでしょう」

と言って、暁に帰ってお移りになった。

「若宮はどうしていらっしゃいますか。どうすれば拝見できるでしょう」

と言っても泣いた。

「今ご覧になるでしょう。女御の君も、とても痛ましく思い出しながら、お便りなさるようです。院(源氏)も、ことのついでに、もし世の中が思うようになるなら、不吉な予言のようだけれど、尼君がその頃まで長らえなさるだろう、とおっしゃるようです。どのようにお思いなのでしょうか」

とおっしゃると、また微笑んで、

「いやはや、それだからこそ、様々に例のない宿世でございます」

と言って喜ぶ。この文箱は持たせて参上なさる。

宮(女御)から、早く参るようにとのことばかりがあるので、

「このようにお思いなのは、もっともです。珍しいことまで添って、どれほど心もとなくお思いでしょう」

と、紫の上もおっしゃって、若宮を忍んでお参らせ申し上げるお心遣いをなさる。

御息所(明石の君)は、御暇の心安くないことに懲りていらして、このような機会に、しばらく宮中を離れていたいと思っていた。身の丈もないお身体に、あのような恐ろしいこと(出産)をなさったので、少しお顔が痩せ細って、たいそう優美なお姿でいらした。

「このように、ためらいがたくていらっしゃる間、お身体を整えなさってこそは」

などと、御方などは心苦しく思い申し上げなさるのを、大殿は、

「このようにお顔が痩せて拝見なさるのも、かえって痛ましいことでしょう」

などおっしゃる。

対の上などがお越しになった夕方、静かな折に、御方は、御前にお参りになって、この文箱のことをお知らせ申し上げる。

「思いのままに叶い果たさせなさるまでは、取り隠して置いておりましょうけれど、世の中は定めがたいので、心配なのです。何ごともご自分のお心と思し召して数に入れてくださらないこちらでも、どうあっても、私が亡くなってしまえば、必ずしも最期の折を、ご覧いただける身でもございませんので、なお、正気を失わずにいる世の中で他愛ないことも、お知らせしておくべきでした、と思いまして。

見苦しく拙い筆跡ですが、これもご覧ください。この願文は、近くの御厨子などにお置きになって、必ずそうすべき折にご覧になって、この中のことどもをさせてください。

疎い人には、漏らさせなさいますな。これほどと拝見しておきましたので、私も世を背こうと思うようになってきましたので、万事心が落ち着かなく思われます。

対の上のお心を、おろそかに思い申し上げなさいますな。とても有り難くていらっしゃる、深いご様子を拝見すれば、私の身にはこの上なく勝って、長い御世であってほしいと思います。もともと、お側に添い申し上げるにつけても、遠慮がちな身の程ですので、お譲りし申し上げ始めたのを、とてもこのようには、なさらないだろうと、年頃は、なお世の常と思い続けてきました。

今は、来し方も行く先も、心安く思い至っております」

などと、とても多く申し上げる。涙ぐんでお聞きになる。このように睦ましくあるべき御前でも、常に打ち解けない様子でいらして、ひどく遠慮深い様子である。この文の言葉が、とても情けなく強く、憎らしい様子を、陸奥国紙に、年が経ったので、黄ばんで厚く太った五、六枚に、さすがに香がとても深く染み込んでいるのに、お書きになっている。

とても痛ましいとお思いになって、お額髪が次第に濡れてゆく、そのお側目が、上品で優美である。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第34冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。