ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第34帖 若菜上 / 第21場面

源氏と明石の君の対話

あらすじ・人物・読み方

源氏は女三の宮の部屋から明石の君のもとへ渡り、若宮を対の上へ渡したことを戯れに咎める。君が明石入道から届いた文箱の由緒を明かすと、源氏は入道の修行と先祖の大臣の志、姫君誕生の契りを思い、涙ながらに夢語りの書状を取り上げる。

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現代語で読む

院(源氏)は、姫宮(女三の宮)のお部屋にいらっしゃったが、間の障子からふとこちらへお渡りになったので、(明石の君は)うまく隠れることもできず、几帳を少し引き寄せて、ご自身はその陰にお隠れになった。

「若宮は、お目覚めになりましたか。ほんの短い間も恋しいものですね」

とお尋ねになると、御息所はお返事もなさらないので、御方(明石の君)が、

「対の上(紫の上)のもとへお渡し申し上げました」

と申し上げる。

「まったく困ったことです。あちらではこの宮を独占なさって、懐から少しも離さずお世話しながら、人任せにせず衣までみな濡らして、着替えさせることが多いようですのに。軽々しく、どうしてあのようにお渡しなさるのでしょう。こちらにお渡りになってこそ、私も拝見できるというものです」

とおっしゃると、

「まあ困ります、思いやりのないお言葉ですね。若宮が女でいらっしゃったとしても、あちらでご覧になるのがよろしいでしょうに。まして男宮は格別だと申しますが、気安くお思いになっているのに。冗談でも、このように隔てをするようなことを、賢しらにおっしゃらないでください」

と申し上げなさる。(源氏は)笑って、

「あなた方同士に任せて、私は見放し申し上げるべきなのでしょうね。隔てをして、今では、誰も彼も私を遠ざけて、賢しらなことをおっしゃるのは幼いことです。第一、このように這い隠れて、素っ気なく言い逃れなさるようですし」

と言って、几帳を引き退けなさると、(明石の君は)母屋の柱に寄りかかって、とても清らかな様子で、恥ずかしそうにしていらっしゃった。

そこにあった箱も、あわてて隠すのは体裁が悪いので、そのままにしていらっしゃると、

「何の箱でしょう。深い事情がありそうです。恋する人が長歌を詠んで封じ込めたような気がしますよ」

とおっしゃると、

「まあ、困ったことを。今風におなりあそばしたお心の癖で、聞いたこともないような冗談が、時々出てくるのですね」

と言って微笑みなさったが、しみじみと哀れ深いご様子が明らかだったので、(源氏が)不思議そうに首を傾けていらっしゃる様子なので、面倒に思って、

「あの明石の岩屋から、ひそかに届いていたお祈りの巻数や、まだ果たされていない願文などがありましたのを、お心にお知らせ申し上げる機会があれば、ご覧に入れておこうと思っておりましたが、今は機会もないのに、どうして開けなさることがありましょう」

と申し上げると、「なるほど、しみじみとする話だ」とお思いになって、

「(入道は)どのように修行して住んでおられるのでしょう。長生きして、長年勤めてきた修行の罪も、並々ではないでしょう。世の中で、教養があり賢い方々が、人として見ても、この世に染まった濁りが深いのでしょうか、賢い方ではあっても、とても及ばない点がありましたね。

それほど奥深く、さすがに、趣のあった人の様子です。聖たちは、この世を離れた顔でもないのに、心の底では、みな別の世に通い住んでいたと見えました。

まして今は、心苦しい絆もなく、思い離れておられるでしょう。安らかな身であれば、ひそかに、とてもお会いしたいものです」

とおっしゃる。

「今は、あの住んでいた所も捨てて、鳥の声も聞こえない山に移られたと聞いております」

と申し上げると、

「それでは、それが遺言なのですね。消息は通わせていらっしゃいますか。尼君は、どのようにお思いでしょう。親子の仲よりも、またそのような契りは、特別に深いものがあるでしょう」

と言って、涙ぐみなさった。

「年を重ねて、世の中の様子をあれこれ思い知るにつれて、不思議と恋しく思い出される人のご様子ですので、深い契りで結ばれた仲は、どれほどしみじみすることでしょう」

などとおっしゃるついでに、「この夢語りも思い合わせることがあるかもしれない」と思って、

「とても不思議な梵字とかいうような文字で書かれておりますが、ご覧になって目に留めるべき箇所も混じっているかと存じます。今はと別れてしまいましたが、それでも哀れな思いは残るものなのですね」

と言って、ほどよくお泣きになる。(源氏が)お寄りになって、

「とても賢く、相変わらずしっかりしておられることでしょう。手跡なども、何事も、わざわざ有職故実に通じておられたはずの人が、ただこの世を過ごす上での心構えだけは少なかったのです。

あの先祖の大臣は、とても賢く有り難い志を尽くして、朝廷にお仕えしていたところ、物事の行き違いがあって、その報いにこのように末が絶えたのだなどと、人々が言っていたようですが、女の方に望みを託したものの、このように跡継ぎがないというべきではないのも、数々の修行の証なのでしょう」

などとおっしゃり、涙を押し拭いながら、この夢語りのあたりに目を留めなさる。

「不思議と偏屈で、むやみに高い志があると人も咎め、また自分でも、してはならない振る舞いを、仮にもするものだ、と思ったことは、この君(明石の姫君)がお生まれになった時に、契りの深さを思い知りましたが、目の前に見えない将来のことは、不確かに思い続けてきましたが、それなら、このような頼みがあったので、無理にも望んだのでした。

思わぬ方向に、ひどい目に遭い、漂流したのも、この人一人のためでした。どのような願を心に起こしたのでしょう」

と知りたく思って、心の中で拝んでお取りになった。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第34冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。