ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第34帖 若菜上 / 第22場面

対の上への思い

あらすじ・人物・読み方

明石の君は女御に文箱の始末を告げ、源氏は紫の上の心の癖のなさこそ穏やかな人の極みだと讃え、君に女三の宮の後見を託す。謙遜する君の人柄を思いながら源氏は対の上へ渡り、残された君は自らの宿世と山住みの入道を案じる。

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現代語で読む

「これは、またお持ち申し上げるべきものがございます。今また申し上げてお知らせいたしましょう」

と、女御(明石の姫君)に申し上げなさる。そのついでに、

「今は、このように、昔のことをも辿ってお知りになりましたが、あの方(紫の上)のお心遣いを、疎かにお思いになってはいけません。もともとそうあるべき仲で、避けられない親しみよりも、思わぬ人の嘆きにも哀れをかけ、一言の心寄せがあるのは、並々のことではありません。

まして、こちらに仕えて馴れていらっしゃるのを見るにつけても、初めの志が変わらず、深く丁寧にお思い申し上げているのです。

昔の世の例でも、それほど表面では育んだろうと、賢く辿るようなことがあっても、賢いようですが、やはり誤って、自分のために心の底が歪んでしまった人を、それほど思い寄らず、恨みがないためには、かえって哀れに、どうしてこんなことにと、罪深いことにも、思い直すこともあるでしょう。

並々でない昔の誠実な人は、違う点々があっても、一人一人に罪がない時には、自然にもてなす例があるようです。そうでもないことに、角々しく癖をつけて、愛敬がなく、人を遠ざける心があるのは、とても打ち解けにくく、思いやりのない振る舞いでしょう。

多くはありませんが、人の心の、あれこれの様子を見るに、由緒や教養といい、さまざまに残念でない程度の心ばせはあるようです。皆それぞれ得意な面があって、取るところがなくもありませんが、また、取り立てて自分の後見として思い、真心を込めて選ぼうとすれば、有り難いことです。

ただ本当に心に癖がなく良いことは、この対の上だけです。これを穏やかな人と言うべきでしょう、と思っております。良いからといって、あまりに一途で頼りなさそうなのも、とても残念です」

とだけおっしゃると、そばの人は思いやられずにはいられない。

「そちら(明石の君)こそ、少し物事を心得ていらっしゃるようですから、とても良いことです。親しく交わって、このお方の後見をも、同じ心でなさってください」

などと、ひそかにおっしゃる。

「おっしゃらなくても、とても有り難いご様子を拝見するままに、明け暮れの話題に申し上げております。目覚ましい者などとお許しにならないでしょうに、ここまでご覧になってお知りになるはずもないことを、傍らで聞くのも辛いほどお褒めくださるので、かえって眩しいほどです。

数ならぬ身が、さすがに消えずにいるのは、世間の聞く耳も、とても苦しく、慎ましく思われますのを、罪のない様子に、包み隠し申し上げてばかりおります」

と申し上げると、

「そのお方のためには、どんな志があるでしょう。ただ、このご様子を、側に仕えても拝見できない不安さから、お譲り申し上げているようです。それもまた、取り持って、際立ったことでもないお扱いの数々に、万事が並々で目に穏やかであれば、とても心配なく嬉しいのです。

つまらないことで、物事を心得ず偏屈な人は、交わるにつけて、人のためにさえ辛いことがあります。その直しようもなく、誰もいらっしゃるようですので、安心です」

とおっしゃるにつけても、

「そうだ、よくぞ卑下したものだ」

などと思い続けなさる。対の上(紫の上)のもとへお渡りになった。

「それにしても、とても尊いお心遣いばかりが勝っているようですね。なるほど、人より特に、このようにお付き添いしている様子が、もっともだと見えるのは素晴らしいことです。

宮の御方(女三の宮)は、表向きのお世話だけが見事で、お渡りになることも、並々ではいられないようですのは、恐れ多いことです。同じ血筋でいらっしゃっても、もう一段、心苦しいことです」

と小声で申し上げなさるにつけても、自分の宿世は、とても高いものだと、お思いになった。

「尊い身分でさえ、思い通りでない世の中で、まして交わるべき覚えもない身ですので、すべて今は、恨めしい点もありません。ただ、あの絶えて籠もっている山住まいを思いやるだけが、哀れで不安なのです」

尼君も、ただ、「福地の園に種まきて」というような一言を頼りにして、後世を思いやりながら物思いに沈んでいらっしゃった。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第34冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。