第34帖 若菜上 / 第23場面
柏木の恋と蹴鞠
あらすじ・人物・読み方
夕霧も柏木も、六条院に降嫁した女三の宮への思いを募らせていた。弥生のうららかな日、院での蹴鞠の最中、猫が追われて御簾が引き開けられ、柏木は几帳の際に立つ女三の宮の姿を垣間見て、胸を塞がれる。
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現代語で読む
大将の君は、この姫宮のことを、思い及ばないわけでもなかったので、近くにおいでになるのを、とても平常心ではいられず、全般のお世話にかこつけて、こちらにはしかるべき折々に参上して馴れ、自然とご様子やありさまも見聞きなさるにつけ、たいそう若くおっとりしていらっしゃる一筋のご性質で、表向きの儀式は厳めしく、世の慣例にふさわしいほどお世話申し上げていらっしゃるけれど、ほとんどはっきりと奥深くはお見えにならない。
女房なども、大人びて落ち着いた者は少なく、若々しい容貌の人が、ひたすら華やいで、しゃれたふうの者がとても多く、数知れないほど集まってお仕えしながら、物思いのなさそうなご身辺とはいうものの、何事も穏やかに心を落ち着けているのは、心の内が表にはっきり見えないことなので、身に人知れない思いが加わっていても、またまことに満足そうに、滞りなくいられるはずのところへ混じっているので、そばの人に引かれながら、同じ様子やもてなしに穏やかであるのを、ただ明け暮れは、幼い遊び戯れに心を入れている童女のありさまなど、院は、たいそう目に留まらずご覧になることもあるけれど、一様に世の中をお思いになりおっしゃりはしないご本性なので、このような面もお任せになって、さぞそうありたいのだろう、とご覧になってお許しになりながら、戒めを整えさせなさらない。
ご本人のご様子ばかりは、たいそうよくお教え申し上げていらっしゃるので、少し身につけていらっしゃった。
このようなことを、大将の君も、
「本当に、ありがたい世の中だこと。紫の上のご用意や様子は、長年たったけれど、どうにも漏れ出て見えたり聞こえたりしたところがなく、静かであることを本として、さすがに、心美しく、人をも消沈させず、ご自身をも重々しく、奥ゆかしくお振る舞いになっていらっしゃることよ」
と、見た面影も忘れがたくばかり思い出されるのであった。
「私の北の方も、しみじみと思われる面こそ深いけれど、言う甲斐があり、優れた才気などは、お持ちでない人だ。穏やかなものに、今はと目が馴れるにつれ、心が緩んで、なおこのようにさまざまに、集まっていらっしゃるありさまが、それぞれに趣があるのを、心ひとつに思い離れがたいのに、ましてこの宮は、その方のご身分を思うにも、限りなく心特別なご身分なのに、取り立てたご様子もなく、人の目を飾るばかりだとは」
と拝見して知る。わざと大それた心というわけでもないけれど、「拝見する折があるだろうか」と、慕わしくお思い申し上げていらっしゃった。
衛門督の君も、院に常に参り、親しくお仕えして馴れていらっしゃった人なので、この宮を父帝が大切に崇め申し上げていらっしゃったご配慮などを、詳しく拝見しておいて、さまざまのご決定があった頃から言い寄って、院に対しても、「目覚ましいこととはお思いになり、おっしゃりはしない」と聞いていたのを、このように事情が変わっていらっしゃるのは、たいそう残念で、胸の痛む心地がするので、なお思い離れることができない。
その頃から語らい付いていた女房の伝手で、ご様子なども聞き伝えるのを慰めに思うとは、はかないことであった。
「対の上のご様子には、なお圧倒されていらっしゃるそうだ」と、世の人も真似て伝え合うのを聞いては、
「恐れ多くとも、そのようなお方は思い申し上げずにはいられなかっただろう。本当に、類のないご身分だからこそ、惜しまずにはいられないだろう」
と、常にこの小侍従というお乳母をも言い励まして、
「世の中は定めがないので、大殿の君が、もとからご本意があってお決めになっていた方へ赴かれるならば」
と、絶え間なく思い続けていらっしゃった。
三月頃の空がうららかな日、六条の院に、兵部卿宮や衛門督などが参上なさった。大殿が出ていらっしゃって、お話などなさる。
「静かな住まいは、近頃こそたいそう退屈で紛らわすことがなかった。公私ともに用事がない。何をして暮らすべきだろうか」
などとおっしゃって、
「今朝、大将がいたのは、どちらかな。たいそう所在ないので、いつものように、小弓を射させて見るべきだった。好んでいるらしい若者たちも見えていたのに、憎らしく出て行ってしまったのか」
と、お尋ねになる。
「大将の君は、丑寅の町に、人々を大勢集めて、鞠で遊ばせてご覧になっています」とお聞きになって、
「騒がしいことなのに、さすがに目覚めて才気があることだ。さあ、こちらへ」
と言って、ご連絡があると、参上なさった。若君たちらしい人々が多かった。
「鞠を持たせていらっしゃいましたか。誰々がいましたか」
とおっしゃる。
「あれこれおりました」
「こちらへ出て来ようか」
とおっしゃって、寝殿の東面は、桐壺が若宮をお連れ申し上げて、参上なさっていた頃なので、こちらは物陰になっていた。遣水などの流れ合う所が開けて、趣のある懸樋のあたりを探して出て行く。太政大臣殿の君達や、頭弁、兵衛佐、大夫の君など、年を重ねた者も、まだ一人前でない者も、さまざまに、人より優れてばかりいらっしゃる。
次第に暮れかかると、「風が吹かず、素晴らしい日だ」と興じて、弁の君も静まらず立ち交じっているので、大殿は、
「弁官も収めきれないようであるのに、上達部であっても、若い衛府の役人たちは、どうして乱れて遊ばないのだろうか。これほどの年齢では、不思議と見過ごすのが、残念に思われたことだ。それにしても、たいそう軽々しいことだ。このことの様子よ」
などとおっしゃると、大将も督の君も、皆お下りになって、言いようのない花の陰をさまよっていらっしゃる夕方の映えは、たいそう清らかである。ほとんど様子よく静かではない、乱れたことのようであるけれど、場所柄と人柄によるのだった。
由緒ある庭の木立がひどく霞み込めているところに、色々に紐を解いて渡る花の木々、わずかな萌黄の陰に、このようにはかないことではあるけれど、善し悪しの区別があるのを競い合いながら、私も劣るまいという顔つきの中に、衛門督がかりそめに立ち交じっていらっしゃる足元に、並ぶ人はいなかった。
容貌がたいそう清らかで、艶やかな様子をした人が、用意をひどくして、さすがに騒がしいけれど、趣深く見える。
御階の間に当たる桜の陰に寄って、人々が、花の上のことも忘れて心を入れているのを、大殿も宮も、隅の高欄に出てご覧になる。
たいそう苦労のある心遣いも見えて、数が多くなっていくにつれ、上臈も乱れて、冠の額が少し緩んでいた。大将の君も、ご身分のほどを思うと、例のない騒がしさだなと思われるけれど、見る目には、人より特に若く趣があり、桜の直衣がややしおれているところに、指貫の裾の方を、少し含んで、様子だけ引き上げていらっしゃった。
軽々しくも見えず、清らかな打ち解けた姿に、花が雪のように降りかかるので、見上げて、しおれた枝を少し押し折って、御階の中ほどの段のあたりにお座りになった。督の君が続いて、
「花が、騒がしく散るようだ。桜は避けてこそ」
などとおっしゃりながら、宮の御前の方を後目に見ると、いつものように、特に収まらない様子をして、色々にこぼれ出ている御簾の端や、透けて見える影などは、春の手向けの幣袋かと思われる。
御几帳どもをだらしなく引きやりながら、人の気配が近く世間らしく見えるところに、唐猫のたいそう小さく可愛らしいのを、少し大きな猫が追い続けて、急に御簾の端から走り出ると、人々が怯えて騒いで、そよそよと身じろぎさまよう様子や、衣の音がして、耳にかまびすしい心地がする。
猫は、まだよく人にも懐いていないのか、綱がたいそう長く付いていたのを、物に引き掛けて絡まっていたのを、逃げようと引っ張り合ううちに、御簾の側がたいそう露わに引き開けられたのを、すぐさま引き直す人もいない。この柱の元にいた人々も、心慌ただしげで、物を恐れた様子である。
几帳の際の少し入ったあたりに、袿姿で立っていらっしゃる人がいる。階から西の二の間の東の側なので、紛れる所もなく露わに見入られる。
紅梅だろうか、濃い薄いと、過ぎ過ぎに、数多く重なった区別が、華やかに、草子の端のように見えて、桜の織物の細長であるらしい。御髪が裾まで際立って見えるのは、糸を縒り掛けたようになびいて、裾が房やかに削がれていて、たいそう美しげで、七、八寸ばかり余っていらっしゃる。御衣の裾がちに、たいそう細くささやかで、姿つきや、髪のかかっていらっしゃる横顔は、言いようもなく上品で可愛らしい。夕影なので、はっきりせず、奥が暗い心地がするのも、たいそう見飽きず残念である。
鞠に身を投じる若君達の、花の散るのを惜しみきれない様子などを見ようとして、人々は、露わな所をふと見つけることもできないのだろう。猫がひどく鳴くので、振り返っていらっしゃる顔つきや振る舞いなどが、たいそう穏やかで、若く美しい人だと、ふと見えた。
大将は、たいそう傍らで痛々しいけれど、這い寄るのもかえってたいそう軽々しいので、ただ事情を悟らせて、咳払いなさると、そっと引き入っていらっしゃる。そうはいっても、自分の心地にも、たいそう見飽きない心地がなさるけれど、猫の綱を緩めてしまったので、心ならずも嘆かれる。
まして、それほど心を占めていた衛門督は、胸がふと塞がって、誰ばかりであろうか、数多い中でも際立つ袿姿よりも、人に紛れるはずもなかったご様子などが、心にかかって思われる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第34冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。