ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第34帖 若菜上 / 第25場面

柏木の文と女三の宮の返事

あらすじ・人物・読み方

東の対に独り住む柏木は、女三の宮への思いを募らせ、小侍従に文を送る。文の歌に、先日の簾の端の出来事を思い合わせて宮は顔を赤らめるが、返事は小侍従の代筆で、届かぬ枝に心をかけるなとたしなめる歌が届く。

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現代語で読む

柏木は、やはり源氏の邸の東の対に、独り住まいをしていらっしゃった。心に思うことがあって、長年このような住まいをしているが、自分から望んだ住まいとはいえ、もの寂しく心細い折々もあるけれど、

「自分の身がこれほどなのに、どうして思うことが叶わないことがあろう」

とばかり、自信過剰に思い込んでいるが、この夕方からひどく塞ぎ込んで、物思いに沈んで、

「どんな折に、もう一度あれほどにでも、ほのかなお姿をだけでも見られるだろう。どうにか紛れ込める身分の低い人なら、かりそめのふざけた物忌や、方違えでの移り住みも気軽なのに、自然と何かと隙をうかがうこともできるだろうに」

などと思い巡らす手立てもなく、

「深い簾のうちにいらっしゃる宮に、何ほどのことにつけてでも、このように深い心があることだけでもお知らせ申し上げたい」

と胸が痛むほど鬱々としているので、小侍従のもとへ、いつものように、文を送りなさる。

「先日、風に誘われて、御垣の原を分け入っておりましたのに、ますますどのように見落とされなさったのでしょうか。その夕方から、心乱れて掻き暮れる思いで、わけもなく今日は物思いに暮らしております」

などと書いて、

よそながら見て手折ることもできない嘆きは多いけれど、名残が恋しい、花の夕方の姿よ。

とあるけれど、小侍従は先日の柏木の心も知らないので、ただ世間並みの物思いだろうと思う。

宮のお前に人が多くない時なので、あの文を持って参上して、

「この方が、このようにばかり、忘れないものとしてお便りをなさるのは、困ったことでございます。お気の毒そうな様子も拝見し余る心も加わるだろうかと、自分の心ながら分かりかねます」

と、微笑んで申し上げると、

「ずいぶん困ったことを言うものだね」

と、何気なくおっしゃって、文を広げたのをご覧になる。

「見もしなかった」と言ったところを、驚いた御簾の端の出来事と思い合わせなさると、お顔が赤くなって、源氏が、あれほどのことの折ごとに、

「大将にお姿を見られてはいけません。幼くいらっしゃるご様子なのだから、自然とうっかりして、拝見するようなこともあるでしょう」

と、戒め申し上げなさったことを思い出しなさると、

「大将が、あのようなことがあったと源氏に語り申し上げた時、どんなに軽んじなさるだろう」

と、人が拝見したであろうことをお思いにならず、まず、源氏に遠慮申し上げるお心のうちこそ幼かった。

いつもより宮のご応対がないので、興ざめして、無理に申し上げることでもないので、控え目にして、いつものように返事を書く。

「先日は、素知らぬ顔をいたしました。失礼なこととお許し申し上げなかったのを、『見なかったわけではない』とはどういうことでしょうか。ああ、あまりにも思わせぶりなこと」

と、軽い調子で走り書きして、

今さら色に出してはいけません、山桜よ。届かない枝に心をかけたと言って。甲斐のないことを」

とあった。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第34冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。