ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第35帖 若菜下 / 第1場面

帖の冒頭と賭弓

あらすじ・人物・読み方

女三の宮への思いを断ち切れない柏木は、せめて猫だけでも手に入れたいと願う。晦日の賭弓に参じた柏木のただならぬ物思いを、事情の一端を知る源氏は見て取り、不穏な兆しを案じる。

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現代語で読む

〔柏木は、思いが〕道理に外れているとは思いながらも、

「恨めしくも言えたものだなあ。いや、どうして、このように格別でもない応対ばかりを慰めにして、どう過ごせようか。こんな人伝てでなく、〔宮が〕一言でもお言葉をかけてくださる時があるだろうか」

と思うにつけても、世間一般では、惜しくも立派だとお思い申し上げる院〔源氏〕のためにも、〔自分に〕少し歪んだ心が加わってしまったのだろうか。

晦日には、人々が大勢参上なさった。〔柏木は〕何となく気が重く、落ち着かないけれど、「せめてあの辺りの花の色でも見て慰めよう」と思って参上なさる。

殿上の賭弓は、二月に予定されていたのが過ぎて、三月もまた御忌月なので、人々が残念に思っていたところ、この院でその集まりがあると聞き伝えて、いつもの人々が集まりなさる。左右の大将が、そういうご関係で参上なさったので、次将たちなどが競い合って、小弓でとおっしゃったけれども、歩弓の優れた名手たちがいたので、呼び出して射させなさる。

殿上人たちも、ふさわしい顔ぶれは皆、左右に心を決めて、細かく組分けして、日が暮れてゆくにつれて、今日で終わる春の霞の様子も慌ただしく、吹き乱れる夕風に、花の陰に立っているのも落ち着かず、人々はたいそう酔いが過ぎなさって、

「風流な賭け物どもは、あちらこちらの方々のご趣味が知れるはずなのに。柳の葉を百回当てられる舎人たちが、得意がって射取るのは、無粋なことだよ。少し腕の立つ手つきの者たちこそ、競わせよう」

と言って、大将たちをはじめとして〔射場に〕下りなさると、衛門督〔柏木〕が、人より格別に物思いに沈んでいらっしゃるので、あの事情の一端をご存じの〔源氏の〕お目には、〔それが〕目に留まり続けて、

「やはり、たいそう様子が普通ではない。面倒なことが起こりそうな世の中なのだろうか」

と、〔源氏〕自身まで思い当たってしまう心地がする。この君たち〔柏木と夕霧〕は、ご仲がたいそうよい。そういう間柄の中でも、心を通わせて親しいので、他愛ないことでも、物思いに沈んでしまうことがあるだろうのを、〔源氏は〕気の毒にお思いになる。

〔柏木は〕自分も、大殿〔源氏〕を拝見すると、気が引けてまぶしく、

「こんな心はあってよいものか。並の間柄でさえ、けしからぬことだし、人に非難されるような振る舞いはするまいと思うのに。まして身の程知らずな望みなど」

と思い悩んでは、

「せめてあの時の猫だけでも、手に入れたいものだ。思いを語り合えるわけではないけれど、そばが寂しい時の慰めにも、〔猫を〕なつかせよう」

と思うと、気が狂いそうで、「どうやって盗み出せようか」と、それさえも難しいことだったのである。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第35冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。