ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第34帖 若菜上 / 第5場面

裳着と出家、櫛の贈答

あらすじ・人物・読み方

病の癒えぬ朱雀院は、女三の宮の裳着を盛大に執り行い、中宮から贈られた由緒ある櫛への返歌に昔を偲ぶ。儀式を終えた三日後、院はついに落飾し、尚侍の君や女宮たちの嘆きの中、出家の作法が悲しく進められる。

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現代語で読む

年も暮れた。朱雀院は、ご体調がまだ回復なさる様子もないので、万事慌ただしくお決心になって、女三の宮の裳着のことは、準備をお急ぎになる様子が、過去にも将来にも例がないほどだと、たいそう評判になっている。

お部屋のしつらえは、柏殿の西面に、御帳や御几帳をはじめとして、国内の綾や錦はお混ぜにならず、唐土の后の飾りを思い描いて、格式正しく仰々しく、輝くばかりに調えさせなさった。

腰結の役には、太政大臣を以前からお願い申し上げていらしたので、仰々しいお人柄で、参上しにくくお思いだったけれど、院のお言葉に昔から背き申したことはなかったので、参上なさる。

今の二人の大臣たち、その他の上達部などは、やむをえない差し支えがある者も、無理に都合をつけ合って参上なさる。親王たち八人、殿上人は言うまでもなく、内裏からも東宮からも残らず参集して、厳かな準備の騒ぎである。

院のご事は、今回こそ最後だろうと、帝や東宮をはじめ申し上げて、心苦しくお聞きになりながら、蔵人所や納殿の唐土の品々を、多くお贈りになった。

六条院からも、お見舞いがたいそう仰々しい。贈り物や、人々への禄、尊者である大臣への引出物など、あの院からお贈りになったのだった。

中宮からも、ご装束や櫛の箱を、格別に調えさせなさって、あの昔の髪上げの道具を、由緒ある形に改めて加えて、さすがに元の心配りも失わず、それと分かるようにして、その日の夕方、お贈りになった。中宮の権の亮で、院の殿上にも伺候する者を使者として、姫宮のお部屋へ参らせるようおっしゃっていたが、次のような歌が、その中にあった。

そのままに昔を今に伝えていると、玉の小櫛は神々しく古びていることだ。

院はご覧になって、しみじみと思い出なさることもあった。あえて悪くはあるまいとお譲り申し上げていたほどで、なるほど、面目を立たせる簪なので、お返事も、昔の感慨はさておいて、

代々受け継いで見るものであってほしい、万代まで、黄楊の小櫛が神々しく古びるまで。

とお祝い申し上げなさった。

ご体調がたいそう苦しいのを堪えながら、思い立って、この準備が終わると、三日が過ぎて、ついに髪をお下ろしになった。相応の身分の人の上でさえ、今はもうと姿を変えるのは悲しいことなのだから、まして院の場合は、たいそう痛ましく、方々も思い惑っていらっしゃる。

尚侍の君は、そば近くにお仕えして、院がたいそう思い沈んでいらっしゃるのを、慰めかねて、

「子を思う道には限りがあったのだ。このように深くお思いになっている別れが、堪えがたくもあることだなあ」

と言って、お心が乱れそうだけれど、無理に脇息にもたれかかって、比叡山の座主をはじめとして、忌みの作法の阿闍梨三人が伺候して、法服などを差し上げる頃、この世とお別れになる作法は、たいそう悲しい。

今日は、世を思い澄ました僧たちでさえ、涙をとどめることができないので、まして女宮たち、女御、更衣、多くの男女が、身分の上下なく揺れ満ちて泣き騒ぐので、たいそう心が慌ただしく、こうではなく、静かな所にそのまま籠もろうとお考えになっていた本意と違ってお思いになるのも、「ただ、この幼い宮に引かれて」とお思いになりおっしゃる。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第34冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を原画像とOCRで照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。