第35帖 若菜下 / 第2場面
唐猫
あらすじ・人物・読み方
柏木は女御や春宮のもとに参上し、猫の話をきっかけに、春宮が女三の宮の唐猫を取り寄せるよう仕向ける。やがてその猫を預かった柏木は、夜もそばに置いてかしづき、宮への思慕を猫に託して眺め入る。
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現代語で読む
〔柏木は〕女御のお部屋に参上して、お話などを申し上げて気を紛らわせようと試みる。たいそう奥ゆかしく、こちらが恥ずかしくなるほどのご応対で、〔女御が〕はっきりお姿を見せなさることもない。このようなご関係でさえ、遠慮がちに慣れているのを、「思いがけず怪しいのは、先日の出来事だな」とは、さすがに思い出されるけれど、並々でなく〔宮に〕占められた自分の心のせいで、〔女御を〕軽く思うこともできない。
春宮のもとに参上なさって、「きっと通っていらっしゃるところがあるのだろう」と、目を留めて拝見すると、華やかさなどはないお顔立ちだけれど、それだけのご様子はまた、たいそう格別で、上品で優美にいらっしゃる。
帝の御猫がたくさん連れていた同腹の猫たちが、あちこちに分かれて、この宮にも来ているのが、たいそうかわいらしい様子で歩くのを見ると、まず〔あの猫が〕思い出されるので、
「六条院の姫宮のお部屋にいる猫は、たいそう見慣れないような顔をしていて、かわいかったよ。かすかに見ただけだったがね」
と〔春宮が〕おっしゃると、〔柏木は〕わざと可愛がるようなお気持ちで、詳しくお尋ねになる。
「唐猫で、ここの猫とは違った様子をしておりました。同じようなものですが、心が通じて人に馴れているのは、不思議と懐かしいものでございます」
などと、〔春宮が〕見たくお思いになるように、うまく申し上げなさる。
〔春宮は〕お聞き置きになって、桐壺の御方を通じてお申し入れなさったので、〔猫が〕参上してきた。「本当に、たいそうかわいらしい猫だ」と、人々が面白がるのを、衛門督は、「〔自分が〕尋ねようと思っていたのに」と、〔春宮の〕ご様子を見ておいて、数日たってから参上なさった。
〔柏木は〕子供の頃から、朱雀院が格別に目をかけてお使いになっていたので、〔朱雀院の〕御出家に遅れ申し上げてからは、またこの宮にも親しく参上して、ご好意を寄せ申し上げていた。お琴などをお教え申し上げなさるということで、
「御猫どもがたくさん集まっておりますね。どこでしょう、この〔猫を〕見た人は」
と尋ねて〔猫を〕見つけなさった。たいそうかわいく思われて、抱いて撫でていらっしゃる。宮〔春宮〕も、
「本当に、かわいらしい様子をしているね。心はまだなつきにくいのは、見慣れない人だと分かるからだろうか。ここの猫たちも、特に劣りはしないよ」
とおっしゃると、
「これは、そうした分別心も、ほとんどないものですが、その中にも賢いのは、自然と魂があるのでしょう」などと申し上げて、「もっと優れた猫どももお仕えしているようですので、これはしばらく拝借して預からせてください」
と申し上げなさる。心の中では、無理にでもという思いと、一方では〔宮のことが〕思い浮かぶので、これ〔猫〕を探し出して手に入れ、夜もそば近くに置いてお休みになる。
朝になると、猫の世話をして、撫でて可愛がりなさる。人けの遠かった心も、たいそうよく馴れて、何かというと衣の裾にまつわり、寄って寝て睦まじくするのを、〔柏木は〕心からかわいいと思う。たいそうじっと眺めて、端近くに寄って寝ていらっしゃると、〔猫が〕やって来て、「ねう、ねう」と、たいそうかわいらしく鳴くので、抱いて撫でて、「なんとまあ、ずいぶん鳴くのが進むことだ」と、ほほ笑まれる。
恋い慕って嘆く私の形見として手なずけたのなら、慣れておくれ、一体どうしてそんなに鳴く声を立てるのだろう
これも昔からの因縁だろうか」
と、〔猫の〕顔を見ながらおっしゃると、ますますかわいらしく鳴くのを、懐に入れて眺めていらっしゃった。女房たちは、
「不思議と、急に猫が寵愛を受けることですね。このようなものにご執心なさることのないお心なのに」
と、〔女房たちは〕不思議がっていた。〔春宮が〕宮からお召しになっても〔猫を〕お返しせず、取り込んで、これを相手に語らいなさる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第35冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。