第35帖 若菜下 / 第10場面
二条院の看病
あらすじ・人物・読み方
女楽の翌朝から紫の上は胸を病み、発熱して臥せる。源氏は四十の賀の騒ぎも止めて祈祷に尽くし、出家を願う紫の上を引き止め続ける。二月が過ぎても回復せず、二条院へ移して看病するが、日ごとに弱っていく。
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現代語で読む
〔女御へ〕ご様子をお知らせ申し上げよう〔と女房たちが言う〕。
〔そう〕聞こえるのを、
「たいそう不都合なことです」〔と紫の上は制する〕。
〔紫の上は〕制止なさって、堪えがたい苦しさを押さえて夜を明かしなさった。お体も熱っぽくご気分もたいそう悪いけれど、院〔源氏〕もすぐにはお越しにならない間は、こうだとも申し上げない。
女御のお方からご様子伺いがあるので、
「このように苦しくております」
と申し上げなさると、〔女御は〕驚いて、そちらからお聞きになると胸もつぶれる思いで、急いでお越しになると、〔紫の上は〕たいそう苦しそうでいらっしゃる。
「どのようなご気分ですか」
と言って〔女御が〕お探り申し上げなさると、たいそう熱くていらっしゃるので、昨日〔紫の上が〕おっしゃったご慎みの話などと結びつけてお考えになり、たいそう恐ろしく思われる。
お粥などをこちらに差し上げてもお目にも入れず、〔源氏は〕一日中付き添っていらして万事お世話申し上げて嘆きなさる。わずかな果物さえたいそう億劫がりなさって、起き上がりなさることも絶えて、何日も経った。
どうなることかとご心配騒ぎになって、ご祈祷を数知れずお始めさせになる。僧をお召しになってご加持などをおさせになる。どこがともなくひどく苦しがりなさって、胸は時々発作を起こして患いなさる様子は、堪えがたく苦しそうである。
さまざまなご慎みも限りないけれど効き目も見えない。重いと見えるけれど自然に回復する兆しがあれば頼もしいものを、ひどく心細く悲しいと〔源氏は〕拝見なさるので他のことは考えられず、四十の賀の騒ぎも静まってしまった。あの院〔朱雀院〕からも、このように患いなさる由をお聞きになり、お見舞いをたいそう丁寧にたびたび申し上げなさる。
同じ様子で二月も過ぎてしまった。言いようもなく思い嘆きなさって、試みに場所をお変えになろうと、二条院にお移し申し上げなさった。院の中は揺れるほどに満ちて、思い嘆く人が多かった。
冷泉院もお聞きになって嘆く。この人〔紫の上〕が亡くなりなさったら院〔源氏〕も必ず出家の本意をお遂げになるだろうと、大将の君〔夕霧〕なども心を尽くして拝見しお世話なさる。
ご修法などは一般のものは言うまでもなく、特別に勤めさせなさる。少し物事をお考え分けになる余裕がある時には、
「〔出家を〕申し上げることを、そんなに辛く〔思うのですか〕」
とばかりお恨み申し上げなさるけれど、寿命があって別れ果てなさるよりも、目の前でご自身の意志で身をやつして捨て去りなさるご様子を見ては少しも堪えられないほどに惜しく悲しいだろうから、
「昔から、私自身こそそのような〔出家の〕本意が深いのを、〔あなたが〕残って淋しく思われる心苦しさに引かれて過ごしてきたのに、逆に〔私を〕置き捨てになろうとお思いなのですか」
とばかり惜しみ申し上げなさるのに、本当にたいそう頼りなげに弱りながら臨終の様子に見えなさる折々が多いのを、どうしようかと思い惑いなさりながら、宮〔女三の宮〕のお方へもちょっとお越しにならない。お琴なども興ざめで皆引き籠められ、院の中の人々は皆いる限り二条院に集まり参って、この院〔六条院〕には火を消したようで、ただ女同士がいらして、人ひとりのご気配であるように見える。
女御の君〔明石の姫君〕もお越しになって、一緒に拝見しお世話なさる。
「ただでさえいらっしゃらないのに、物の怪などたいそう恐ろしいので、早くお参りくださいね」
と、苦しいご気分でも申し上げなさる。若宮がたいそう可愛らしくていらっしゃるのを拝見なさっても、ひどく泣きなさって、
「〔若宮が〕大人になりなさるのを拝見できなくなるだろうこと。お忘れになってしまうでしょうね」
とおっしゃると、女御は堪えきれず悲しいと思っていらした。
「不吉です、そんなふうにお思いにならないでください。そうは言っても悪いようにはなりなさいませんまい。心の持ちようによって人はどうにでもなるものです。器の広い人には幸いもそれに従い、心の狭い人はそれ相応で、高い身分になっても豊かにゆったりできる方面は遅れ、性急な人は長く普通ではいられず、心が温和で穏やかな人は長生きの例が多いのです」
などと、仏や神にも、この〔紫の上の〕ご心ばえの立派で罪の軽い様子を申し上げて明らかにおさせになる。
ご修法の阿闍梨たち、夜籠りなどでも、近くお仕えする限りの高貴な僧などは、たいそうこのように思い惑っていらっしゃるご様子を聞くとたいそう心苦しいので、心を奮い起こして祈り申し上げる。少し良い様子に見えなさる時が五、六日混じりながら、また重く患いなさることがいつまでもなく月日をお経てになると、「やはり、どうなりなさるのだろうか。良くならないご気分なのだろうか」と思い嘆く。
ご物の怪などと言って出てくるものもない。悩みなさる様子はどこがとも見えず、ただ日に日に弱りなさる様子にばかり見えるので、たいそうたいそう悲しくひどくお思いになるのに、お心の暇もなさそうである。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第35冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。