第35帖 若菜下 / 第11場面
小侍従への頼み
あらすじ・人物・読み方
中納言となった柏木は、女三の宮への思いを断ち切れず、二の宮を妻に迎えても慰められない。小侍従を迎えては宮の様子を聞き、物越しに一言でも思いを伝えたいと、身に代えるほどの誓いを立てて手引きを頼む。
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現代語で読む
そういえば、衛門督〔柏木〕は中納言になったのであった。今の御代では〔帝に〕とても親しく思われ、たいそう時めく人である。身の評判が高まるにつけても、思いが叶わないつらさを思い悩んで、この宮〔女三の宮〕の姉の二の宮を妻に迎えたのであった。〔二の宮は〕下臈の更衣のお腹でいらっしゃったので、気安い面もあって〔柏木は〕お慕い申し上げていた。
〔二の宮の〕人柄も、並の人と比べれば気配は格別でいらっしゃるが、もともと心に染みついた方〔女三の宮への思い〕こそやはり深かったので、慰めがたい思いの捨て場として、人目に咎められない程度に、〔妻として〕お扱い申し上げていた。
それでも、あの秘めた思いは忘れられず、小侍従という〔柏木の〕話し相手は、宮の御侍従である乳母の娘であった。その乳母の姉が、あの督の君〔柏木〕の乳母だったので、早くから気安く〔宮のことを〕聞き申し上げて、宮がまだ幼くいらっしゃった頃から、とても美しくいらっしゃること、帝が大切にお育て申し上げになる様子などを聞き置いて、このような思いも抱き始めたのであった。
こうして、院〔朱雀院〕も離れておいでになる頃、人目が少なくひっそりしているだろうと推し量って、〔柏木は〕小侍従を迎え入れては、熱心に語りかける。
「昔から、このように命も保てないほどに思うことを、このような親しい縁があって、〔宮の〕ご様子を聞き伝え、堪えきれない心のほどもお聞きいただいて、頼もしく思うのに、いっこうにその甲斐がないので、ひどくつらいのです。
院の上〔朱雀院〕でさえ、『このように大勢の女房に囲まれて気が重そうに、一人で寝所に籠もる夜が多く、所在なく過ごしていらっしゃる』などと、人が奏上した折にも、少し後悔していらっしゃるご様子で、
『どうせなら、普通の人のような気楽な後見人を定めるのなら、まめにお仕えするはずの人を定めるべきだった』とおっしゃって、『女二の宮の方が、かえって安心で、将来も長く栄える様子でいらっしゃるそうなこと』
とおっしゃったのを伝え聞いたときに。〔宮が〕お気の毒でもあり、残念でもあり、どれほど心が乱れることでしょう。
本当に、同じ御血筋の方とはお尋ね申し上げたけれど、それはそれとしか思えないことでした」
と、〔柏木が〕ため息まじりに言うと、小侍従は、
「まあ、なんと大それたことを。それ〔二の宮〕をそれとしてさし置き申し上げなさって、また、どのように限りないお心なのでしょう」
と言うと、〔柏木は〕少し微笑んで、
「その通りだろう。宮に恐れ多くも思いを寄せ申し上げた様子は、院も内裏もお聞きになっていた。どうして、あのままお仕えしなければよかったものをと、ことのついでにおっしゃったこともある。いや、ただ、もう少しのご配慮があればなあ」
などと言うと、
「とても難しいお話ですよ。ご宿世というものがあるそうで、それがもとで、あの院〔朱雀院〕が言い出して熱心に〔源氏に〕申し上げなさるのに、立ち並んでお妨げ申し上げるようなご身分のお覚えだとお思いになったのでしょうか。この頃は、少し重々しく、御衣の色も深くなっていらっしゃいます」
と言うと、言っても甲斐のない、性急で口の達者な様子に、〔柏木は〕言い終えることもできず、
「今はもうよい。過ぎ去った
ことは申し上げますまい。ただ、このように滅多にない人のいない隙に、近くにいる程度で、この心の内に思うことの一端を、少しお聞かせできるよう取り計らってください。大それた心は、まったく、ご覧の通り、とても恐ろしいので、思いを断っております」
とおっしゃると、
「これ以上に大それた心が、どうしてありましょう。とても恐ろしいことをも思いつかれたのですね。何のために参ったのでしょう」
と、〔小侍従は〕顔を赤らめる。
「まあ、聞き苦しい。あまり仰々しくおっしゃるものです。世はとても定めのないもので、女御や后も、それなりの事情があっておいでになる例がないでしょうか。まして、あのご様子ですよ。思えば、とても類なく立派だけれど、内々では気がかりなことも多いでしょう。
院が、大勢の御子の中で、またと並ぶ者がないようにお育て申し上げになったのに、それほど等しくもない身分の御方々に交じって、目に余ることもきっとあるはずです。よく聞いておりますよ。世の中はとても無常なものなのに、一方的に思い定めて、みっともなく、言い切りなさるようなことはおっしゃるな」
とおっしゃると、
「人に落とされたご様子だからといって、立派な方に改まりなさるはずがありましょうか。これは世の常のご様子でもないようです。ただ、後見なく頼りなくお過ごしになるよりは、親のように、とお譲り申し上げなさったので、お互いにそう思い交わし申し上げていらっしゃるようです。不当なおとしめ言葉です」
と、最後には腹を立てるのを、万事に言いなだめて、
「本当は、それほど世にないご様子を見申し上げて慣れていらっしゃるお心に、物の数でもないみすぼらしい馴れた姿を、打ち解けてご覧いただこうとは、まったく思いがけないことです。ただ一言、物越しに申し上げて知らせるだけが、どれほどのお身のやつれになりましょうか。神仏にも思うことを申し上げるのは、罪のある行為でしょうか」
と、たいそうな誓いをしながらおっしゃると、しばらくは、とてもあってはならないことと言い返していたが、考えの浅い若い人〔小侍従〕は、人がこのように身に代えて熱心に思いおっしゃるのを、断りきれず、
「もし、ふさわしい隙があれば、取り計らいましょう。院がいらっしゃらない夜は、御帳の周りに人が多く控えていて、お座のそばに、しかるべき人が必ずお控えになっているので、どのような折に、隙を見つけられるでしょう」
と、困りながら〔小侍従は〕参った。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第35冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。