ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第35帖 若菜下 / 第12場面

忍び入り

あらすじ・人物・読み方

小侍従の手引きで柏木は女三の宮の寝所に忍び入り、長年の思いを訴えて一夜を過ごす。明け方、宮の返歌に魂を置いてきたような心地で退出する。

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現代語で読む

どうだ、どうだと、日々に責められ続けて、〔小侍従は〕ふさわしい折をうかがい当てて、知らせを送った。〔柏木は〕喜びながら、たいそう身をやつして忍んでおいでになった。

本当に、自分の心にもとてもとんでもないことなので、近くにいて、かえって思い乱れることが増すだろうことまでは思いも寄らず、ただ、

「とてもほのかに御衣の褄だけを見申し上げた春の夕べの、飽きることなくいつまでも思い出されなさるご様子を、少し近くで見申し上げ、思うことも申し上げて知らせれば、一行のお返事なども見せてくださるだろうか、かわいそうだとお思い知りになるだろうか」

と思っていたのだった。

四月十余日の頃のことである。御禊が明日だといって、斎院にお仕え申し上げる女房十二人、特に上臈ではない若い人や童女などが、めいめい物を縫ったり化粧をしたりしながら、物見をしようと準備するのも、それぞれ忙しそうで、御前の方はひっそりとして、人が多くない折であった。

近くに控える按察使の君も、時々通う源中将が、しきりに呼び出させたので、下がっている間に、ただこの侍従だけが、近くに控えていた。よい折だと思って、〔小侍従は柏木を〕そっと御帳の東面のお座の端に据えた。そんなことがあってよいことだろうか。

宮は、何の気なしに寝ていらっしゃったが、近くに男の気配がするので、院がおいでだと思っていらっしゃったところ、畏まった様子を見せて、床の下に抱き下ろし申し上げると、物に襲われるのかと、必死に見上げなさると、違う人であった。

不思議にも聞いたこともないことどもを申し上げるではないか。驚きあきれて恐ろしくなり、人を呼んでも、近くに控えてもいないので、聞きつけて参る者もいない。震えなさる様子は、水のように汗も流れて、何もお分かりにならない様子で、とても痛ましくかわいらしい。

「物の数ではありませんが、こんなにもお思いいただくはずの身とは、思われませんでした。

昔から大それた心がありましたが、一途に秘めて終わっていたなら、心の内に朽ちさせて過ぎたはずなのに、かえって漏らし申し上げて、院もお聞きになったのに、この上なくよそよそしく何もおっしゃらなかったことに、頼みをかけ始めて、身が物の数でない分、人より深い志を空しくしてしまったことと、動かしてしまった心は、万事今は甲斐ないことと思い返しても、どれほど染みついてしまったのか、年月がたつにつれて、残念にも、つらくも、恐ろしくも、切なくも、いろいろに深く思いが増して、堪えきれず、このように大それた姿をお目にかけたことも、一方では、とても思いやりがなく恥ずかしいので、罪の重い心も決してありません」

と言い続けるうちに、この人だったのだとお思いになると、とても興ざめで恐ろしくて、少しもお返事をなさらない。

「とてももっともですが、世に例のないことでもありませんのに、珍しく情けのないお心づかいなら、とてもつらくて、かえって一途な心もついてしまうでしょう、かわいそうだとだけおっしゃれば、それを承って退出しましょう」

と、万事につけて申し上げなさる。

よそからの想像では厳格で、物馴れてお見え申し上げるのも恥ずかしいと推し量っていらっしゃったのに、「ただこれほど思い詰めた心の一端を申し上げて知らせて、かえって仰々しいことはなく終わろう」と思っていたが、それほど気高く恥ずかしげでもなく、慕わしくかわいらしく、柔らかくばかりお見えになるご様子が、上品で素晴らしく思われることは、人に似ていらっしゃらなかった。

賢く思い鎮める心も失せて、「どこへでもお連れして隠し申し上げて、自分の身も世に生きる様子ではなく、跡を絶って終わってしまいたい」とまで思い乱れた。

ほんの少しうとうとする夢に、この手馴らした猫が、とてもかわいらしく鳴いて来るのを、この宮に差し上げようとして、自分が連れて来たと思われるのに、なぜ差し上げたのだろうと思ううちに、目覚めて、どのように見えたのだろう、と思う。

宮は、とても驚きあきれて、現実ともお思いになれないまま、胸が塞がって、思いに沈んでいらっしゃるのを、

「やはり、このように逃れられないご宿世が、浅からぬものだったとお思いください。自分自身の心ながらも、正気ではないように、思われます」

あの覚えのなかった御簾の褄を、猫が綱を引いた夕べのことも申し上げて語った。

「本当に、そんなこともあったのだろうよ」

と、残念で、運命がつらいお身の上であった。「院にも、今はどうしてお目にかかれよう」と、悲しく心細くて、とても幼げにお泣きになるのを、とても恐れ多く、かわいそうと見申し上げて、人のお涙まで拭う袖は、ますます露に濡れるばかりである。

夜が明けてゆく様子なのに、出て行く手立てもなく、かえって困ったことである。

「どうすればよいのでしょう。ひどくお憎みになるので、また申し上げることも難しいのに、ただ一言お声を聞かせてください」

と、万事につけて申し上げて悩ませても、煩わしくつらくて、ものがまったく言えなさらないので、

「最後には、恐ろしくなってしまいました。また、このようなことはありませんでしょう」

と、とてもつらいと思い申し上げて、

「それでは用なしのようです。身を無駄に滅ぼしてしまうでしょうか。とても捨てがたいためこそ、ここまでもしたのです。今宵を限りとしてしまうのもつらいことです。少しでもお心をお許しになる様子なら、それに代えてでも捨ててしまうでしょうに」

と言って、抱き上げて出ると、最後はどうしたのだろうと、呆れてお思いになる。

隅の間の屏風を引き広げて、戸を押し開けると、渡殿の南の戸が、昨夜入ったのがまだ開いたままあるので、まだ明け方の薄暗い頃だろう、ほのかに見申し上げようという心があって、格子をそっと引き上げて、

「このように、とてもつらいお心に、正気も失ってしまいました。少し思いを慰めよとお思いなら、かわいそうだとだけおっしゃってください」

と、脅し申し上げるのを、とても珍しいことだとお思いになって何か言おうとなさるが、震えていらして、とても若々しいご様子である。

ただ夜が明けてゆくにつれて、とても心が慌ただしくて、

「情け深い夢語りも申し上げるはずなのに、このようにお憎みになるからこそです。そうは言っても、今お思い合わせになることもあるでしょう」

と言って、のんびりもせず立ち出る明け方は、秋の空よりも物思いに沈むものである。

起きて帰る空も分からない明け方に、どこの露がかかる袖なのだろう。

と、引き出して嘆き申し上げると、出ようとする時に、少しお慰めになって、

明け方の空に、つらい身は消えてしまいたい。夢だったと見て済ませられるように。

と、はかなげにおっしゃる声が、若く趣があるのを、聞きかけたまま出て行った魂は、本当に身を離れて留まってしまった心地がする。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第35冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。