ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第35帖 若菜下 / 第14場面

もののけ

あらすじ・人物・読み方

紫の上が息絶えたと報せが届き、源氏は二条院へ駆けつける。物の怪は童女に移って姿を現し、六条御息所の死霊として恨みと願いを語る。

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現代語で読む

大殿の君〔源氏〕は、たまにお渡りになって、すぐにも立ち帰ることができず、心が落ち着かなくお思われになるところに、

「〔紫の上が〕息絶えなさった」

と言って、人が参ったので、まったく何事もお分かりにならず、心も真っ暗になってお渡りになる。道中の心もとなさに、本当にあの院は、周りの大路まで人が立ち騒いでいた。邸の中は泣き騒ぐ気配で、とても不吉である。我を忘れてお入りになると、

「日頃は、少し隙〔回復の兆し〕が見えていらしたのに、急に、このようでいらっしゃいます」

と言って、控える人々は皆、自分も遅れ申し上げまいと、取り乱す様子は限りない。御修法の壇を壊し、僧なども、しかるべき人々こそ退出したものの、ほろほろと騒ぐのをご覧になると、「それでは最期なのだ」と思いつめる驚きあきれる様子に、何事が比べられようか。

「そうは言っても、物の怪の仕業だろう。ひどく、このように一途に騒ぐな」

とお鎮めになって、ますますたいそうな願を立て加えさせなさる。優れた験者を残らず召し集めて、

「限りあるご命で、この世が尽きなさるとしても、ただ、今しばらく延ばしてください。不動尊の根本の誓いがある。その日数だけでも、掛け留め申し上げてください」

と、頭から本当に黒煙を立てて、たいそうな心を起こして加持し申し上げる。院〔源氏〕も、

「ただ、今一度目を見合わせてください。とてもあっけなく最期になってしまった時さえ、見ることができずに終わったことの、残念で悲しいことを」

と思い惑っていらっしゃる様子は、生き止まりなさるはずもないのを見申し上げる心地は、ただ推し量るべきである。たいそうなお心の内を、仏も見申し上げなさるのだろうか、数ヶ月まったく現れ出て来なかった物の怪が、小さな童女に移って、叫び騒ぐほどに、ようやく生き返りなさるのに、嬉しくも不吉にもお思い騒ぎになる。

ひどく調伏されて、

「人は皆退散せよ。院お一人のお耳に入れたい。私を数ヶ月調伏し尽くさせなさるのが、情けなくつらいので、どうせならお思い知らせようと思っていたけれど、さすがに命も保てそうになく、身を砕いて思い惑っていらっしゃるのを見申し上げれば、今こそ、このようにひどい身を受けたけれど、昔の心が残っているからこそ、ここまでも参って来たのだから、物の心苦しさを見過ごすことができず、ついに現れたこと。まったく知られまいと思っていたものを」

と言って、髪を振りかけて泣く気配は、ただ昔ご覧になった物の怪の様子と見えた。驚きあきれて、恐ろしいと、思い染みたことが変わらないのも不吉なので、この童女の手を捉えて、引き据えて、見苦しいこともさせなさらない。

「本当にその人か。よからぬ狐などという物の、狂ったのが、亡き人の面目を潰すようなことを言い出すこともあるそうだから、確かな名乗りをせよ。また人の知らないはずのことで、心にはっきり思い出されるはずのことを言え。そうしてこそ、少しでも信じるべきだ」

とおっしゃると、ほろほろとひどく泣いて、

私の身は昔とは違う姿だけれど、それでもなお、うつろに溺れるあなたはあなたなのです。

とてもつらい、とてもつらい」

と泣き叫びながらも、さすがに物を恥じた気配は、変わらず、かえってとても疎ましく、心憂いので、物を言わせまいとお思いになる。

「中宮のご事についても、とても嬉しくありがたいと、天を翔けても見申し上げているけれど、道が異なってしまったので、子の上にまで深くは思えないのだろうか、やはり、自分がつらいと思い申し上げた心の執着こそ、残るものだった。

その中でも、生きていた世に、人より落としてお思い捨てになったことよりも、親しい者同士のご物語のついでに、心が悪く憎かった様子をおっしゃり出したことが、とても恨めしい。今はただ亡き者としてお許しになって、他人の言い落としめることさえも、省いて隠してくださいと思うばかりに、このようにひどい身の気配なので、このように居場所が狭いのです。

この人を、深く憎いと思い申し上げることはないけれど、守りが強く、とてもお側が遠い心地がして、近づき参ることができず、お声をさえほのかに聞いております。

よし、今は、この罪を軽くするだけの行いをさせてください。修法や読経と騒ぐことも、身には苦しく侘しい炎ばかりがまとわりついて、まったく尊いことも聞こえないので、とても悲しいのです。

中宮にも、この旨を伝え申し上げてください。決して御宮仕えの間に、人と競い嫉む心をお使いになるな。斎宮でいらっしゃった頃のご罪が軽くなるはずの功徳のことを、必ずさせてください。とても残念なことであった」

などと、言い続けるけれど、物の怪に向かって物語なさるのも、傍ら痛いので、封じ込めて、上〔紫の上〕を、また別の方へ、忍んでお渡し申し上げなさる。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第35冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。