第35帖 若菜下 / 第18場面
源氏の内省
あらすじ・人物・読み方
文を読み返した源氏は、柏木の不用意さと宮への思いに心を乱し、かつて藤壺との間に犯した自らの過ちを重ねて思い返す。紫の上とは宮への気遣いをめぐって言葉を交わす。
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現代語で読む
大殿〔源氏〕は、この文がやはり怪しく思われるので、人の見ない所で、繰り返しご覧になる。「お仕えする人々の中に、あの中納言〔柏木〕の筆跡に似た筆跡で書いた者がいるのか」とまでお考えになるが、言葉遣いが華やかで、間違えようもない事柄がある。
「長年思い続けてきたことが、たまたま本意を遂げて、心安からぬ次第を書き尽くした言葉は、たいそう見る価値があって哀れだが、こんなに鮮明に書くべきだろうか。惜しい人の、文を思いやりもなく書いたことよ。落ちて散ることもあろうと思ったので、昔、このように細かく書くべき折々にも、言葉を削りながら書き紛らわせたものだ。人の深い用心は難しいことだったのだ」
と、あの人の心までも見損なっていらっしゃった。
「さて、この人をどうお扱い申し上げるべきか。珍しい様子のご懐妊も、このような事の紛れでなったのだ。ああ、何と辛いことか。このように、人伝てでなく辛いことを知りながら、生きながらお目にかかるとは」
と、ご自身のお心ながらも、思い直すことができないように感じられるのを、
「その場限りの慰みだと、最初から心を留めなかった人でさえ、また別の心に移るかと思うと、不愉快に思い隔てられるのに、ましてこれは、格別なことで、大それた人の心にもあったのだな。
帝の御妻を過つ例は昔もあったけれど、それはまた事情が異なる。宮仕えといって、自分も人も同じ君に慣れてお仕えするうちに、自ずと、ふさわしい機会にも心を通わせ始め、物事の紛れが多くなりがちなことだ。
女御・更衣といっても、事情や立場によっては不完全な人もあり、気立てが必ずしも重くない者も混じって、思いがけないこともあるけれど、漠然として確かな過ちが見えないうちは、そのまま交際する様子もあろうに、ふと露わにならない紛れはあるはずだ。
これほど他にない様子でお扱い申し上げ、内々の志を引く方よりも、慈しみ畏れ多い者として育てようと思う人を置いて、このようなことは、決して類例がない」
と、爪弾きしていらっしゃる。
「帝と申し上げても、ただ素直で、公的な心構えばかりで、宮仕えのほども退屈なのに、思いの深い私的な願い言に靡き、それぞれ哀れを尽くし、見過ごしがたい折の返事も言い始め、自ずと心が通い始める仲は、同じくよくない筋だが、よりどころがあるだろうか。私自身ながらも、それほどの人に心を分けるはずとは思えないのに」
と、たいそう不愉快だが、また「態度に出すべきことでもない」など、お思い乱れるにつけて、
「亡き院の帝も、このようにお心ではご存知でいながら、知らない顔をお作りになったのだろうか。思えば、その時代のことは、たいそう恐ろしく、あるまじき過ちであったのだ」
と、近い例をお思いになるにつけ、恋の山路は、ほどくことのできないお気持ちが交じっていた。
知らぬ顔を作っていらっしゃるが、物思いに乱れる様子が明らかなので、女君〔紫の上〕は、消え残った痛々しさでお越しになって、「他人事でなく、心苦しく思いやり申し上げていらっしゃるのだろうか」とお思いになって、
「〔私の〕気分はよくなっておりますのに、あの宮が苦しそうでいらっしゃるでしょうから、早くお越しになってしまったのは、気の毒なことです」
と申し上げなさると、
「勿体ぶるな。普段と違って見えたけれど、格別な具合でもいらっしゃらないので、自ずと心穏やかに思っているのだ。内裏からは、度々お使いがあった。今日もお文があったとか。〔朱雀〕院が、たいそう重々しく言いつけていらっしゃるので、帝もこのようにお考えなのだろう。少しおろそかになるようなことがあれば、こちらでもあちらでもお思いになることが、気の毒なのだよ」
と言って、うめいていらっしゃると、
「内裏がお聞きになるよりも、ご自身が恨めしく思い申し上げなさることこそ、心苦しいでしょう。〔あなたが〕お咎めにならなくても、よくない様子に言いなす人々が、必ずいるだろうと思うと、とても苦しいのです」
などとおっしゃると、
「確かに、無理に思う人のためには、煩わしい縁はないけれど、万事に思いを巡らせる深さは、あれこれと、大体人の思う心までも思い巡らされるのに、これはただ、国王のお心がどうお思いになるかだけを憚るのは、浅い気持ちがしていた」
と、微笑んでおっしゃり紛らわす。お越しになることについては、
「一緒に帰ってください。心が穏やかでしょう」
とばかり申し上げなさるのを、
「こちらには、しばらく心安くおりましょう。まずお越しになって、人のお心も慰む頃に」
と、互いに申し上げ合っていらっしゃるうちに、日数が経った。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第35冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。