ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第35帖 若菜下 / 第19場面

柏木の病

あらすじ・人物・読み方

文の発覚を知った柏木は、源氏への恥と恐れに病み伏して内裏へも参らない。源氏は宮を変わらず労わりながらも、心の隔たりに苦しみ続ける。

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現代語で読む

女三の宮は、このように〔源氏が〕お越しにならない日数が経つのも、人の冷たさとばかりお思いだったが、今は「自分の怠りも混じってこうなった」とお思いになるので、〔朱雀〕院もお聞きつけになって、どうお思いになるだろうと、世の中が気が引けるのである。

柏木も、ひどい様子で言い続けているけれど、小侍従も煩わしく思い嘆いて、「このようなことがありました」と告げたので、たいそう呆れて、

「いつの間にそんなことが出てきたのか。このようなことは、時が経てば、自ずと様子からでも漏れ出ることもあるだろうか」

と思っただけでも、たいそう気が引けて、空に目がついたように感じたのに、「ましてあれほど間違いようもなかった数々をご覧になっただろう」と思うと、恥ずかしく、恐れ多く、居たたまれなくて、朝夕、涼むこともない頃なのに、身も凍る心地がして、言いようもなく感じられる。

「長年、まじめな用事にも浮いた用事にも、召されてお側に参って慣れてきたのに。人より細やかにお心に留められたご様子が、しみじみ懐かしいのに、呆れるほど大それた者とお心に思われ申し上げては、どうして目を合わせ申し上げられようか。かといって、すっかり絶えてほのめき参らなければ、人目にも怪しく、あのお心にも思い合わせなさることの重大さ」

などと、心安らかでなく思うと、気分もたいそう苦しくて、内裏へも参らない。さほど重い罪に当たるはずではないけれど、身が無駄になってしまった心地がするので、「やはりそうだ」と、一方では自分の心も、たいそう辛く感じられる。

「ああ、落ち着いて奥ゆかしい様子の見えない辺りだこと。まず、あの御簾の隙間も、あるべきことか。軽々しいと、大将〔夕霧〕がお思いになる様子が見えたことよ」

などと、今になって思い合わせる。無理にこの事を思い冷まそうと思う方向で、強いて難をつけ申し上げたいのだろうか。

「良い様子といっても、あまりにも一途に穏やかで上品な人は、世の様子も知らず、また、お仕えする人に心を置くこともなくて、このように気の毒なご自身のためにも、人のためにも、大変なことでもあるのだな」

と、あの宮の事の心苦しさも、思い放つことがおできにならない。

〔源氏は、女三の宮が〕たいそういじらしく悩み続けていらっしゃる様子が、やはりとても心苦しく、このように思い放っていらっしゃるにつけては、あいにく、辛さに紛れない恋しさが苦しく思われるので、お越しになって、お目にかかるにつけても、胸が痛く気の毒にお思いになる。

御祈祷など、さまざまにおさせになる。大体のことは、以前と変わらず、かえって労わり重々しくお扱い申し上げる様子を増していらっしゃる。近く打ち解けて語り申し上げなさる様子は、たいそうこの上なくお心が隔たって、居たたまれないので、人目だけは穏やかに取り繕って、思い乱れるばかりで、このお心の内こそ苦しかったのである。

そのような事を見たとも明らかに申し上げなさらないのに、ご自身たいそうどうにもなくお思いになっている様子も、心が幼い。

「本当にこのようにしていらっしゃるのだな。良い様子と言いながら、あまりに頼りなく遅れている、頼もしげのない有様だ」

とお思いになると、世の中がすべて気がかりで、

「女御が、あまり柔らかくおびえていらっしゃるからこそ、このように心をかけ申し上げる人は、まして心が乱れることだろう。女は、このように張りどころなくしなやかなのを、人も侮りがちなのか、あるまじきことに、ふと目が留まり、心強くない過ちをしでかすものだったのだ」

とお思いになる。

「右大臣の北の方は、これといった後見もなく、幼い頃から頼りない世をさまようようにして、成長なさったけれど、才気があり労わり深くて、私も大方には親のようにしたけれど、憎い気持ちが添わなかったわけでもなかったのに、穏やかにつれなく振る舞って過ごし、この大臣が、そのような無心な女房に心を合わせて入ってきた時にも、はっきりと離れた様子を、人にも見え知られ、わざわざ許された有様にして、自分の心から罪あるものにはしなかったことなど、今思えば、なんと才気のあることだったのだ。

契りの深い仲であったので、長くこのように保つことは、どうあっても同じことだったろうけれど、心あってしたこととも、世の人が思い出せば、少し軽々しい思いが加わるだろう、たいそうひどくしてしまった行いだ」と思い出していらっしゃる。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第35冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。