第35帖 若菜下 / 第21場面
朱雀院の文
あらすじ・人物・読み方
朱雀院の御賀は女三の宮の病で延び延びになる。院は宮の病の裏に不都合なことがあるのではないかと案じ、源氏のもとで手紙を読み、源氏は婉曲に事情をほのめかしながら、宮に忍んで暮らすよう諭し、院への返事を代筆する。
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現代語で読む
こうして、山の帝〔朱雀院〕の御賀も延びて、秋とあったのを、八月は大将のご忌月で、楽所のことを行いなさるのに、都合が悪かろう。九月は、院の大后がお崩れになった月なので、十月にと思い準備なさるが、姫宮〔女三の宮〕がひどくお悩みになるので、また延びた。
衛門督〔柏木〕がお預かりの宮が、その月には参上なさった。太政大臣が立ち働いて、厳かに細やかに、物の清らかさ、儀式を尽くしなさっていた。督の君〔柏木〕も、そのついでに、思い起こして退出なさった。やはり、苦しく、例になく病気がちでばかり過ごしなさる。
宮〔女三の宮〕も、続けて何かと慎ましく、気の毒だとばかり思い嘆くためだろうか、月日が多く重なりなさるにつれて、たいそう苦しそうでいらっしゃるので、院〔源氏〕は、心配だと思い申し上げる方こそあれ、たいそう可憐でか弱い様子で、このように悩み続けなさるのを、どうなることかと嘆かわしく、さまざまに思い嘆きなさる。ご祈祷など、今年は紛れ事が多くてお過ごしになる。
御山〔朱雀院〕でもお聞きになって、可愛く恋しいと思い申し上げていらっしゃる。月頃このように別々にいて、お渡りになることもほとんどないように、人が奏上したので、どうしたことかと胸がつぶれ、世の中も今さら恨めしくお思いになって、
「対の方〔紫の上〕が患っていた頃は、なおその看護でとお聞きになるだけでも、心穏やかでなかったのに、その後、治り難くいらっしゃるのは、その頃に、不都合なことが出来したのだろうか。ご自身がお知りになることではないが、良くない後見人たちの心で、どんなことがあったのだろう。内裏辺りなどの、風流を交わすべき仲間などにも、けしからぬつらいことを言い出す類いも聞こえることだ」
とまで思い寄せなさるのも、細やかなことを思い捨てた世〔出家した身〕だが、やはり子の道は離れ難くて、宮へのお手紙が細やかにあるのを、大殿〔源氏〕が、いらっしゃる時に、ご覧になる。
「これといったこともなくて、しばしばも申し上げないほどに、心もとなくばかり年月が過ぎるのは、しみじみと残念なことでした。お悩みだという様子は、詳しく聞いた後、念誦のついでにも思いやられるのは、どうでしょう。世の中が寂しく思われなくなることがあっても、忍んでお過ごしなさい。恨めしそうな様子などを、並大抵のことで、知った顔にほのめかすのは、たいそう品の劣った行いです」
などと、お教え申し上げていらっしゃった。
たいそう気の毒で心苦しく、「このような内々の情けないことを、お聞きになるべきではなく、私の怠慢として、本意なくお聞き思いなさるだろうことを」とばかり思い続けて、
「このお返事を、どう申し上げますか。心苦しいお便りに、私こそたいそう苦しいのです。思いがけず思い申し上げることがあっても、おろそかに、人が見咎めるほどではないだろうと思っております。誰が申し上げたことでしょう」
とおっしゃるのに、恥ずかしがって背けなさったご姿も、たいそう可憐である。ひどく顔が痩せて、物思いに沈みなさっているのが、ますます上品で趣がある。
「たいそう幼いお心構えを見置きなさって、ひどく気がかりに思い申し上げていらっしゃったのだと、思い合わせ申し上げると、今から後も万事につけて〔そうでしょう〕。このようにまでどうして申し上げまいと思うけれど、上の〔朱雀院〕が、お心に背くとお聞きになるだろうことが、心穏やかでなく、鬱陶しいのを、せめてここにだけは申し上げ知らせずにはと〔思うのです〕。
行き届かず、ただ、人が申し上げる方にばかり寄りなさるようなお心には、ただおろそかで浅いとばかりお思いになり、また、今はこの上なく年を取ってしまった有様も、侮るように見慣れてばかりご覧になるだろうことも、あれこれ残念にも嘆かわしくも思われるのを、院がいらっしゃる間は、なお心を収めて、あの方が思い置いていらっしゃったようなことがあったという、年を取った人をも、同じように扱い申し上げて、ひどく軽んじなさるな。
昔から志の深い道でも、辿り方が薄くあるべき女方でさえ、皆思い遅れながら、たいそう手ぬるいことが多いのに、ご自身の心には、どれほど思い迷うべきではないけれど、今はとお捨てになった世の後見に譲り置きなさったお心構えが、しみじみうれしかったのに、引き続き争い申し上げるようで、同じように見捨て申し上げることが、あっけなく思われるだろうことに憚って〔申し上げるのです〕。
心苦しいと思った人々も、今は引き留められる絆となる者もおりません。女御も、こうして、行く末は知り難いけれど、御子たちが数多く添いなさるようなので、自分の世だけでものどかであればと見置くべきです。その他は、誰も彼も、あるに従って、共に身を捨てるのも、惜しくない年齢になったのを、だんだん涼しく思っております。
院の御世の残りは長くもいらっしゃらないでしょう。たいそう篤く〔病が〕ますます重くなりなさって、何となく心細げにばかり思っていらっしゃるのに、今さら思いがけないお名が漏れ聞こえて、お心が乱れなさるな。この世はたいそう易しい。何事でもない。後の世の御道の妨げになるだろうことも、罪がたいそう恐ろしいだろう」
などと、本当にそのこととはお明かしにならないけれど、つくづくと申し上げ続けなさると、涙ばかり落ちながら、我を忘れて思い沈んでいらっしゃるので、〔源氏も〕つい泣きなさって、
「人の上でも、もどかしく聞き思った昔の人の賢しらよ。〔それが〕身に代わることなのだ。何と嫌な老人かと、煩わしくうるさいお気持ちが添うだろう」
と、恥ずかしがりながら、御硯を引き寄せなさって、手ずから押し磨り、紙を取り用意して、書かせ申し上げなさるけれど、〔宮の〕御手も震えて、お書きになれない。
「あの細やかな返事は、たいそうこのようにも憚らず通わしなさるのだろう」と思いやると、たいそう憎いので、万事のしみじみとした情も冷めてしまいそうだが、言葉などを教えて書かせ申し上げなさる。
〔宮が朱雀院へ〕参上なさることは、この月はこうして過ぎた。二の宮のご勢いが格別で参上なさったのを、古めかしいご身なりで、立ち並ぶ顔だろうことも、憚りのある心地がした。
「霜月は私自身の忌月である。年の終わりもまた、たいそう物騒がしい。また、ますますこのご姿も見苦しく、お待ちしてご覧になるだろうと思うけれど、そうはいっても、それほど延ばすべきことだろうか。煩わしく物思いに乱れず、明るく振る舞いなさって、このひどく顔の痩せなさったのを、繕いなさい」
などと、たいそう可憐だと、さすがに拝見なさる。
衛門督を、どのようなことでも、由緒あるべき折々には、必ず特に付き従わせなさって、お話し合わせなさったのに、絶えてそのようなお便りもない。人が不審に思うだろうとお思いになるが、「見るにつけても、ますますぼんやりとした方が恥ずかしく、見るにはまた私の心もただ事ではないだろう」と思い返されながら、そのまま月頃参上なさらないこともお咎めにならない。
大方の人は、やはり例になく悩み続けて、院〔朱雀院〕でも、管弦の遊びなどがない年なので、とばかり思い続けるのを、大将の君〔夕霧〕だけは、「何か事情があることなのだろう。好色な者は、きっと私の様子を取ったことには、忍ばなかったのだろうか」と思い寄せるけれど、たいそうこのように確かに残りない様子だろうとは、思い寄せなさらなかった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第35冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。