第35帖 若菜下 / 第7場面
琴の稽古
あらすじ・人物・読み方
朱雀院が女三の宮との対面を望み、源氏は若菜の宴の準備を進める。宮の琴の腕を心配した源氏は、夜ごとに熱心に琴を教え、女御もその稽古を聞きに退下するほどになる。
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現代語で読む
朱雀院が、「今は全くこの世が近くなった心地がして心細いので、この世のことは顧みまいと思い捨てたが、対面を今一度したいので、もし恨みが残ってはと、仰々しい様子でなくお渡りいただきたい」と、申し上げなさったので、大殿も、「本当に、そうすべきことだ。このようなご様子がなくても進んで参上すべきところを。まして、こうしてお待ちくださっていたのが心苦しいことだ」と、参上すべきことをご準備なさる。
「ついでなく興醒めな様子で這い渡りなさってよいものか。何の催しをしてご覧いただくべきか」と思いめぐらす。
「この度お年が足りる年なので、若菜など調えようか」とお思いになり、さまざまな法服のこと、斎の準備の設えなど、何かと様子が変わることどもなので、人々の心遣いも入りながら思いめぐらす。
昔も遊びの方に心を留めていたので、舞人・楽人などを特に定め、優れた者ばかりを整えさせる。右の大殿の子供二人、大将の御子に典侍腹を加えて三人、まだ小さい七歳以上は皆殿上させる。兵部卿宮の童孫王をはじめ、しかるべき宮たちの子供や家の子の君たちを皆選び出す。
殿上の君達も容貌よく、同じ舞姿でも心が異なる者を定めて、多くの舞の準備をさせる。素晴らしいはずの今回のこととて、皆が心を尽くした。各分野の師や上手は暇のない頃である。
宮はもともと琴を習っていたが、とても若く院とも引き別れ申し上げたので、心もとなく思い、「参上するついでに、あの琴の音を聞きたい。それでも琴だけは弾きこなしているだろう」
と、陰で申し上げていたのを、内裏でもお聞きになって、「本当に、それでも様子は格別だろう。院の御前で手を尽くすついでに、参って来て聞きたい」
などおっしゃっていたのを、大殿の君は伝え聞いて、
「年頃、しかるべき折々には教え申し上げることもあるが、その様子は本当に優れてはいるものの、まだお聞かせするほどの奥深い手には及ばないのに、何の心構えもなく参上したついでに聞こうと、遠慮なく聞きたがられるのは、とてもきまり悪いことだろう」
と気の毒に思い、この頃は心を留めて教え申し上げる。
調べの異なる手を二つ三つ、面白い大曲の四季に応じて変わる響き、空の寒さ暖かさを整え出し、高貴なはずの手の限りを特に教え申し上げると、心もとなくていらっしゃるようだが、次第に心得るにつれてとても上手になる。
「昼はとても人が多く、一度も〔弦を〕揺らして按ずる暇も心慌ただしいので、夜々に静かに琴の心を占め申し上げるべきだ」と言って、対にもその頃は暇を請い申し上げ、明け暮れ教え申し上げる。
女御の君にも対の上にも琴は習わせ申し上げなかったので、この折、滅多に耳馴れない手を弾くだろうのを聞きたく思い、女御も、わざわざ有り難い暇を、ただ少しだけと申し上げて退出した。
御子が二所いらっしゃるのを、また様子ぶって、五月頃におなりなので、神事などにかこつけて〔女三の宮は〕いらっしゃるのだった。十一日を過ぎては参上すべきという御消息が頻繁にあるが、こういうついでにこんな面白い夜々の遊びを羨ましく、「どうして私に伝えてくださらなかったのか」と辛く思い申し上げる。
冬の夜の月は人と違って愛でるお心なので、面白い夜の雪の光に、折に合った手を弾きながら、仕える人々も少しこの方に仄めかしているので、琴どもをそれぞれ弾かせて遊びなどをする。
年の暮れ頃は対なども忙しく、あちこちの用事に自然とご覧に入れることもあるので、「春のうららかな夕べなどに、どうにかこの琴の音を聞きたい」とおっしゃり続けるうちに、年が改まった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第35冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。