第36帖 柏木 / 第13場面
一条の宮への弔問と歌
あらすじ・人物・読み方
柏木の四十九日の法事が進む中、夕霧は一条の宮に残された御息所を弔問し、亡き柏木への尽きせぬ思いを語り合って涙する。帰り際、庭の桜に口ずさんだ夕霧の歌に、柏木の妹の更衣が「柳の芽」の歌で応える。
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現代語で読む
経仏の作法なども、〔柏木の友の〕右大弁の君がおさせになる。七日ごとの御誦経などを、人の耳を驚かすほど〔盛大に〕するにつけても、
「〔御息所は〕私には聞かせないでください。これほどひどく思い惑っているのに、かえって〔仏の〕道の妨げにもなりましょう」
と言って、〔御息所は〕亡くなった人のようにぼんやりしていらっしゃる。
一条の宮では、なおさら、〔柏木と〕はっきりせぬまま別れた恨みまで加わって、日が経つにつれて、広い宮の中は人気が少なく心細く、親しく仕え慣れていた人々は、今も参ってお見舞い申し上げる。
〔柏木が〕好んでいた鷹や馬など、その方面の預かり人たちも、皆すっかり思い倦じて、ひっそり出入りするのを〔御息所が〕ご覧になるのも、何につけても哀れは尽きないのであった。〔柏木が〕使っていた調度類や、いつも弾いていた琵琶・和琴などの緒も取り外されて粗末にされ、音を立てないのも、たいそう埋もれて痛ましいことであるよ。
庭の木立がひどく煙って、花は時を忘れない様子であるのを眺めながら、もの悲しく、仕える人々も鈍色の喪服にやつれて、寂しく所在ない昼頃、先払いの華やかな声がして、ここに止まる人があった。
「ああ、亡き殿のご様子とは、ふと忘れては思い出されることよ」
と言って、泣く者もある。大将殿〔夕霧〕がいらっしゃったのであった。〔夕霧は〕ご挨拶を取り次いでもらった。いつもの弁の君や宰相などが来たのだろうと〔人々は〕思っていたところ、たいそう立派で清らかなお姿で〔夕霧が〕お入りになった。
〔人々は〕母屋の廂にお席を用意して〔夕霧を〕お入れ申し上げる。並の人々がお相手申し上げるのは恐れ多いご様子でいらっしゃるので、御息所が対面なさった。
「〔夕霧は〕ひどいことを思い嘆く心は、しかるべき人々にも勝っておりますが、限りがあるので、お慰め申し上げるすべもなく、世の常の〔弔問の〕ことになってしまいました。〔柏木が〕最期の際にも、言い残すことがございましたので、〔私の思いは〕並々ではありません。
誰も慰めがたい世ではありますが、後れ先立つ間柄のけじめとして、思い及ぶに従って、〔私の〕深い心のほどもご覧いただければと存じます。神事などが頻繁な頃で、私の志のままにじっと籠もっておりますのも例にないことでしたので、立ったまま〔の挨拶〕ではかえって物足りなく思われましょうと、日々を過ごしてまいりました。
大臣などが心を乱していらっしゃる様子を見聞きするにつけても、親子の情の闇は別として、このようなご間柄で、〔柏木が〕深く思いとどめていらっしゃったほどを推し量りますと、実に尽きることがありません」
と言って、〔夕霧は〕たびたび〔涙を〕押し拭い、鼻をかんでいらっしゃる。鮮やかで気高いながらも、親しみやすく優美である。
御息所も鼻声になって、
「哀れなことは、この無常な世の習いにこそあります。ひどいと言っても、また類のないことでしょうかと、年を重ねた者は無理に心強く慰めておりますが、〔大臣が〕すっかり思い入った様子が実に不吉なほどで、しばらくも〔柏木に〕遅れて生きられそうにないように見えますので、すべてが心憂いわが身が、今まで生き長らえて、このようにあちこちではかない世の末の様子を見過ごすことになるのかと、実に落ち着く心もありません。
自然と近いご間柄ですので、〔夕霧も〕お聞き及びのことと存じます。初めの頃から、ほとんど承諾申し上げなかった〔女二の宮との〕ご縁談を、大臣のご意向も心苦しく、院もよろしいようにお許しになったご様子などがありましたので、それなら自分の考えが及ばなかったのだと、思いなして見てまいりましたが、このように夢のような事態を見るにつけ、思い合わせると、わが心のほどは、同じことなら強く反対申し上げればよかったのに、と思うにつけ、やはり実に悔しいのです。それは、このように〔ひどい結末に〕なるとは思い寄りませんでしたよ。
皇女たちは、並々でなく、悪くも良くも、このように世俗におなりになることは憎らしく思えないことだと、古風な心では思っておりましたが、どちらにも寄らず、中途半端で浮いたご宿世でしたので、何でしょう、この機会に煙に紛れてしまいなさること〔が出家〕は、このお身のための世間体などは特に残念ではないけれど、そうは言っても、それほどすっきりと思い静めることはできず、悲しく拝見しておりますのに、実に嬉しく、浅からぬお見舞いがたびたびになる様子を、有り難く申し上げるのも、それならあの〔柏木との〕約束があったからこそと、思うように見えなかったご心ばえでしたが、最期だと言って、あれこれに言い残した遺言の哀れさに、つらさの中にも嬉しい折が混じっておりました」
と言って、〔御息所は〕たいそうひどく泣いていらっしゃる様子である。
大将〔夕霧〕も、すぐには〔涙を〕抑えることがおできにならない。
「不思議に、実に並々でなく大人びていらっしゃった方が、こうなることか、この二、三年この方、ひどくしめって、なんとなく心細げに見えていらっしゃったので、あまりに世の道理を思い知り、物事を深く考えるようになった人が、澄み過ぎて、このような例は心美しくなく、かえって華やかな面での評判が薄らぐものだと、いつも頼りない心でお諌め申したので、〔柏木は私を〕心浅いと思っていらっしゃったでしょう。何よりも、人に勝って、実に、あの方が思い嘆いていらっしゃるであろうお心の内が、恐れ多いけれど、実に心苦しくもありますよ」
などと、親しく細やかにお話しになって、しばらくしてからお出になった。
あの君〔柏木〕は、五、六年ほど年上でしたが、それでも実に若々しく、優美で、たおやかでいらっしゃった。こちら〔夕霧〕は、実にまっすぐで重々しく、男らしい様子で、顔だけが実に若く清らかなことが、人に優れていらっしゃる。若い人々は、もの悲しさも少し紛れて〔夕霧を〕見送り申し上げる。
庭先近くの桜が実に美しいのを、「今年ばかりは」と、ふと思い出されるのも、忌まわしい筋であるので、「〔もう〕会って見ることは〔ない〕」と口ずさんで、時が来れば、変わらない色に美しく咲いたことよ、片枝が枯れてしまったこの宿の桜も。わざとらしくなく詠みなして立ち上がると、実に早く、
この春は柳の芽に玉を貫きましょう、咲いて散る花の行方が分からないので。と〔更衣が〕申し上げる。大層深い趣向ではないけれど、現代風で、才気があると言われていた更衣なのであった。「なるほど、程よい心用意のようだ」と〔夕霧は〕ご覧になる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第36冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。