第36帖 柏木 / 第12場面
岩根の松の歌と夕霧の回想
あらすじ・人物・読み方
人々が退いた隙に源氏は女三の宮へ薫の出生をほのめかす「岩根の松」の歌を詠みかけるが、宮は答えない。夕霧は柏木がほのめかした告白を回想し、その弱さと軽々しさを思い悩みながらも誰にも打ち明けられない。
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現代語で読む
人々がそっと退いて隠れた頃に、〔源氏は〕宮の御もとにお寄りになって、
「この人〔薫〕を、どう御覧になりますか。このような人を捨てて、〔世を〕背き果ててしまわれるべき世であったのですか。ああ、情けない」
と、驚かせ申し上げなさると、〔宮は〕顔を赤らめていらっしゃる。
誰の世に種を蒔いたのかと人が問うたら、岩根の松はどう答えるのだろう。哀れなことです」
などと、忍んで申し上げなさると、〔宮は〕お返事もなく、伏していらっしゃった。〔源氏は〕もっともだとお思いになって、無理にも申し上げなさらない。
「どのようにお思いなのだろう。思慮深いなどとはいらっしゃらないが、どうしてただで〔済むことがあろうか〕」
と、推し量り申し上げなさるのも、たいそう心苦しいことである。
大将の君〔夕霧〕は、あの〔柏木が〕心に余って、ほのめかし出したことを、
「どのようなことであったのだろう。少し分別のある様子であったなら、あれほど打ち明け始めたのだから、たいそうよく様子は見られたものを。言っても甲斐のない結末で、折悪しく鬱々として、哀れでもあったなあ」
と、面影が忘れがたく、兄弟の君たちよりも、ことさら悲しいとお思いになっていた。
「女宮がこのように世を背きなさった様子は、大げさなご病気でもなく、すっきりとお思い立ちになった時よ。また、それにしても、〔源氏が〕お許し申し上げなさるべきことであろうか。
二条の上〔紫の上〕が、あれほどまでに、泣く泣くお申し上げなさったと聞いたのを、たいそうなことにお思いになって、ついにこのように引き留め申し上げなさったものを」
などと、〔あれこれ〕取り集めて思い悩むにつけ、
「やはり、昔から絶えず見える気性には、堪えきれない折々があったことよ。たいそうよく抑えた表向きは、人より格別に用意があり、のどかで、何事をこの人の心の中に思っているのだろうと、見る人も苦しいほどであったが、少し弱いところがあって、弱々しく過ぎたのが〔柏木の〕気質であったな。
〔恋が〕どんなに激しくとも、あってはならないことに心を乱して、このように命に代えるべきことであったのか。人〔柏木〕のためにも気の毒で、我が身は無駄にしてしまうべきなのか。そうなるべき昔の宿縁と言いながら、たいそう軽々しく、つまらないことだなあ」
などと、一人でお思いになるが、女君〔女二の宮〕にさえ申し上げ出なさらない。適当な機会がなくて、院〔源氏〕にもまだ申し上げられずにいた。それというのも、このようなことをほのめかした、と申し出て、〔院の〕ご様子も見たいと思っていたのである。
父大臣〔致仕の大臣〕と母北の方は、涙の暇なく思い沈んで、むなしく過ぎる日数もお分かりにならず、〔柏木の〕仏事の法服や御装束、あれこれの準備をも、君たちや御方々が、それぞれに、させていらっしゃった。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第36冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。