第36帖 柏木 / 第2場面
加持の席を抜けて
あらすじ・人物・読み方
大臣は葛城山の行者を招いて加持や修法を騒々しく行わせるが、柏木は陀羅尼の声を恐れて席を抜け出し、小侍従と語り合う。柏木は女の霊や秘めた過ちへの苦悩を打ち明け、宮の返歌に涙しながら、煙となっても思いは離れないと返事を書く。
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現代語で読む
大臣〔頭中将〕は、霊験あらたかな修行者を葛城山から招き出して、待ち受けなさって、〔柏木に〕加持を受けさせようとなさる。御修法や読経なども、たいそう大げさに騒いでいる。人の言うままに、さまざまな高僧めいた験者などで、めったに世にも聞こえず深い山に籠もっている者などをも、弟の君たちを遣わしながら探しお召しになると、生意気で感じの悪い山伏どもなども、たいそう多く参る。〔柏木が〕患っていらっしゃる様子は、はっきりせず物を心細く思って、声を上げてばかり、時々お泣きになる。
陰陽師なども、多くは女の霊とだけ占い申すので、そういうこともあるかと〔柏木は〕お思いになるけれど、まったく物の怪が現れ出てくることもないので、思い悩んで、このような隅々までもお探しになるのであった。
この聖も、背が高々と、眩しそうで立派で、荒々しく大げさに陀羅尼を読むのを、
「ああ、何と憎らしい。罪の深い身なのだろうか、陀羅尼の声が高いのは、たいそう気味が悪くて、ますます死にそうに思われる」
と言って、〔柏木は〕そっと滑り出て、この侍従〔小侍従〕と語り合いなさる。
大臣は、そうともお知りにならず、〔柏木が〕休んでいると人々が申させるので、そうお思いになって、静かにこの聖と物語なさる。大人びていらっしゃるけれど、なお華やかなところがあって、ものを笑いなさる大臣が、このような者どもと向かい合って、この〔柏木の〕患い始めた様子を、何でもなく打ち解けながら、重々しくなさっていること、
「本当に、この物の怪が現れるよう念じてください」
などと、細やかに語り合いなさるのも、たいそう哀れである。
「あれをお聞きください。何の罪とも思い寄らないのに、占いに出たという女の霊が、本当にそのようなご執心の身に付きまとっているのなら、厭わしい身を引き換えに、尊い身にもなったことでしょう。
それにしても身の程知らずな心があって、あってはならない過ちを引き起こして、人のご名誉にも関わり、身をも顧みない類は、昔の世にもなかったのではないかと思い直すと、やはり様子が煩わしく、あの方〔源氏〕のご心に、このような咎を知られ申し上げて、世に長らえることも、たいそうまぶしく思われるのは、まことに並々でないお方の光であるのだろう。
深い過ちもないのに、〔宮と〕お目にかかり申し上げた夕べの頃から、そのまま心かき乱れ、迷い始めた魂が身にも戻らなくなってしまったのを、あの院のうちにさまよい歩いているなら、結び留めてください」
などと、たいそう弱々しく、抜け殻のような様子で、泣いたり笑ったりしながら語り合いなさる。
〔小侍従は〕宮も物をひたすら恥ずかしく気が引けるとお思いになっている様子を語る。そしてしんみりして、面痩せしていらっしゃるだろうお姿を面影に拝見する心地がして、思いやられなさると、まことにさまよっているだろう魂が行き通っているのだろうかなどと、ますます〔柏木の〕心地も乱れるので、
「今さら、このお話は、決して申し上げまい。この世はこうはかなく過ぎてしまったのに、長い来世の妨げにでもなろうかと思うのが、気の毒だ。心苦しいおこと〔宮のご安穏〕を、せめて平穏にとだけでもどうにか聞き置き申し上げたい。見た夢を心一つに思い合わせて、また語る人もいないのが、ひどく気が晴れないことだなあ」
などと、取り集めて思い沈んでいらっしゃる様子の深さを、一方ではひどく嫌で恐ろしく思うけれど、哀れさはまた堪えきれず、この人〔小侍従〕もひどく泣く。
紙燭をお召しになって、〔宮の〕お返事をご覧になると、お手跡もやはりたいそう頼りなげに、風情のあるほどにお書きになって、
「心苦しく聞きながら、どうして〔返事などできましょう〕。ただお察しください。『残らむ』とあるのは、〔あなたの煙に〕立ち添って一緒に消えてしまいたい、つらい思いに乱れる煙比べのように。後れることがあろうか〔いや、ない〕」
とだけあるのを、〔柏木は〕哀れで恐れ多いと思う。
「ああ、この煙ばかりこそ、この世の思い出となるのだろう。はかないことだったなあ」
と、ますます泣き募りなさって、お返事を、横になりながら、休み休みお書きになる。言葉の続きもなく、あやしい鳥の跡のようで、行方のない空の煙となってしまっても、思うお方のあたりを立ち離れはしない。夕べには特に〔煙を〕眺めてください。咎め申し上げるような人目をも、今は気安くお思いになって、甲斐のない哀れみだけでも絶えずかけてください」などと書き乱して、気分の苦しさが増したので、
「よい。ひどく更けないうちに、帰り参って、このように最期の様子だと〔宮に〕申し上げてください。今さら人が怪しいと思い合わせるだろうことを、私の死後まで思うのが残念だ。どのような前世の因縁で、これほどこんなことが心に染みたのだろう」
と、泣く泣く這って入りなさると、いつもは際限なく引き留めて、とりとめない話までさせたいとなさるのに、言葉少なでも、と思うのが哀れで、〔小侍従は〕出ていくこともできない。〔柏木の〕お様子を乳母も語って、ひどく泣き惑う。大臣などのお思いになっている様子が痛ましいことよ。
「昨日今日、少しよくなっていたのに、どうしてひどく弱々しくお見えになるのか」
と〔人々は〕騒ぎなさる。
「何という、やはり〔この世に〕留まってはいられそうにない様子だ」
と申し上げなさって、〔柏木〕ご自身もお泣きになる。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第36冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。