第36帖 柏木 / 第3場面
若君の誕生
あらすじ・人物・読み方
女三の宮が懐妊の苦しみに悩み、一夜明けて男君(薫)を出産する。源氏は、柏木に似た顔で生まれてくるのではないかと案じつつ、人目には喜びを装い、盛大な産養が催される。宮は自らの身を憂い、出家を願い続ける。
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現代語で読む
〔女三の宮は〕この暮れ方から〔産気づいて〕苦しんでおられたのを、そのご様子と〔事情を〕知っていた人々が大騒ぎし、大殿〔源氏〕にも伝わったので、〔源氏は〕驚いてお渡りになった。〔源氏の〕お心のうちは、
「ああ、残念だ。〔何の憂いもなく〕拝見できたなら、珍しく嬉しかっただろうに」
とお思いだが、人には〔その思いを〕悟られまいとお思いになり、験者などを召し、御修法はいつも絶えず行わせておられるので、験のある僧は皆参って、加持をして騒ぐ。
〔宮は〕一晩中苦しみ明かしなさって、日が昇る頃にお生まれになった。男の子だと〔源氏が〕お聞きになると、
「こうした秘密のことが、あいにく、〔柏木に〕はっきり似た顔つきでお生まれになるのは苦々しいだろう。女の子なら、何となく紛れて、多くの人の目に触れるものでもないので気が楽なのに」
とお思いになると、また、
「このように、心苦しい疑いの混じった〔子〕では、〔宮が〕安心な方でおいでになるのもとてもよいことだ。それにしても、不思議なことだ。生涯恐ろしいと思ってきたことの報いなのだろう。この世で、こう思いがけないことに遭ったのだから、来世の罪も少しは軽くなるだろうか」
とお思いになる。
人々は知らないことなので、このように格別なご懐妊で、末に生まれなさったご寵愛は並々ではないだろうと、思い、〔準備に〕勤めお仕えする。
御産屋の儀式は、厳かで大げさである。ご方々がさまざまにご用意なさる産養は、世間並みの折敷・衝重・高坏などの心遣いも、格別にそれぞれ競い合う様子が見える。
五日目の夜、中宮の御方から、子持ちの御前の物〔をはじめ〕、女房の中でも身分に応じて思い当たる品々を、公の行事として厳かにご用意なさった。御粥、屯食五十具、所々への饗応、院の下部や庁の召次所、隅々に至るまで、厳かにご用意なさった。宮司・大夫をはじめ、院の殿上人が皆参上した。
七夜は、内裏から、それも公の形である。致仕の大臣〔頭中将〕などは、格別にお仕えするはずなのに、この頃は何事もお思いにならず、大ざっぱなご訪問があるだけだった。
宮方や上達部など、多く参上なさる。全体の様子も、世にないほど大切にお世話申し上げるが、大殿〔源氏〕のお心のうちに心苦しいと思うことがあって、ひどくもてはやし申し上げなさらず、管弦の遊びなどはなかった。
宮は、それほど恥ずかしがりのご様子で、ひどく恐ろしく、慣れないことが恐ろしくお思いだったので、御湯などもお召しにならず、我が身のつらいことを、こうした折にも思い詰めなさるので、
「いっそ、この機会に死んでしまいたい」
とお思いになる。大殿〔源氏〕は、とてもよく人目を飾りお思いだが、〔宮が〕まだむずかしそうでいらっしゃることなどを、とりわけご覧にもならずなどするので、年老いた女房などは、
「まあ、〔源氏は〕おろそかでいらっしゃること。珍しくお生まれになったご様子が、これほどめでたくていらっしゃるのに」
と、〔若君を〕かわいがり申し上げるのを、〔宮は〕片耳にお聞きになって、
「それほどまでに、〔源氏が私を〕隔てお思いになることも増すだろう」
と恨めしく、我が身がつらくて、尼にもなりたいというお気持ちが尽きない。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第36冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。