ATAWI 古典文学JAPANESE CLASSICS, AT YOUR PACE

第36帖 柏木 / 第5場面

朱雀院の夜の訪問

あらすじ・人物・読み方

衰弱した女三の宮が朱雀院を恋しく思い、尼になりたいと願う様子が伝えられると、院は世の非難を顧みず夜に紛れて六条院を訪れる。源氏の説明を聞いた院は宮と対面し、宮の出家の願いを源氏とともに案じつつも、最期の望みなら助けになる形で叶えるべきだと語る。

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現代語で読む

朱雀院は、〔女三の宮のご病気が〕平癒したという珍しい知らせをお聞きになって、〔宮が〕愛しく見たいとお思いになるところに、

「このように〔宮が〕患っていらっしゃるとばかり聞くが、どうしていらっしゃるのだろうか」

と、〔院は〕ご修行も乱れるほどお案じだった。

あれほど衰弱なさった方が、物を召し上がりにもならず日数が経ったので、〔宮は〕たいそう頼りなげなお姿になって、長年お目にかからなかった間よりも、院がたいそう恋しく思われなさるのを、

「〔院に〕二度とお目にかかれなくなってしまうのだろうか」

と、ひどくお泣きになる。こう申し上げなさる様子を、しかるべき人を通じて〔院に〕お伝え申し上げさせなさったので、〔院は〕堪えがたいほど悲しくお思いになり、あるまじきこととはお思いになりながらも、夜に紛れてお出ましになった。

前もってそんなご連絡もなく、突然このようにお渡りになったので、主人の院〔源氏〕は、驚いて恐縮し申し上げなさる。

「世の中を振り返るまいと思っておりましたが、やはり惑いが覚めがたいのは、子を思う親心の闇でございましたので、修行も怠って、もし〔私が〕後に残り〔宮が〕先立つという自然の道理どおりでなく別れることになれば、この心残りも互いに残るだろうと、情けなさに、この世の非難も顧みず、こうして参ったのです」

と申し上げなさる。〔院の〕お顔立ちは、格別にも、優美で懐かしいご様子で、ひそかに身をやつしていらして、きちんとした法服ではなく、墨染のお姿が、理想的で清らかなのも、〔源氏は〕羨ましく拝見なさる。いつものように、まず涙をお落としになる。

「〔宮が〕患っていらっしゃるご様子は、特別なご病気ではございません。ただ幾月も衰弱なさったご様子に、きちんと物なども召し上がらないことが積もって、こうなっていらっしゃるのです」

などと〔源氏は〕申し上げなさる。

「〔宮の〕そばにいらっしゃるのは恐れ多いお席ですが」

と言って、御帳の前に、御茵をお持ちして〔院を〕お入れ申し上げなさる。宮をも、人々があれこれお整え申し上げて、床の下にお下ろし申し上げる。〔源氏は〕御几帳を少し押しやりなさって、

「夜居の加持僧などの心地がしますが、まだ験が現れるほどの修行でもないので、恐れ多いけれど、ただ〔院が〕ご心配にお思いでしょうご様子を、そのままご覧になるのがよいでしょう」

と言って、〔宮の〕お目を押し拭いなさる。宮も、たいそう弱々しくお泣きになって、

「〔私は〕生きられそうにも思われませんので、このようにおいでになったついでに、尼にしてくださいまし」

と申し上げなさる。

「そういうご本意があれば、たいそう尊いことですが、さすがに、限りない命の途中で、行く末の長い人は、かえって事の乱れがあり、世の人に非難されるようなこともきっとありましょう」

などとおっしゃって、大殿の君〔源氏〕に、

「このように〔宮が尼に〕なりたいとおっしゃるのを、もし今が最期の様子ならば、片時の間でも、その助けになるような形でと、〔私は〕思います」

とおっしゃると、

「日頃もこのようにおっしゃいますが、邪気などが人の心を惑わせて、こういう方向に勧めることもあるそうですと言って、〔私は〕聞き入れておりませんでした」

と〔源氏は〕申し上げなさる。

「もののけの教えであっても、それに負けるなというなら、悪いことであるならこそ憚りもしましょうが、弱り切った人が、最期だからと望んでいらっしゃることを、聞き流すのは、後悔が心苦しくはありませんか」

と〔院は〕おっしゃる。

底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第36冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。