第36帖 柏木 / 第8場面
柏木の最期の頼み
あらすじ・人物・読み方
女三の宮のことを聞いた柏木はますます衰え、宮に今一度会いたいと願うが母に許されない。柏木は母や右大弁の君に宮への取りなしを頼み、弟たちをはじめ邸の人々がその心細い言葉を悲しむ。朝廷は柏木を権大納言に進めるが、柏木は苦しい中でかしこまって応え、父大臣も悲しみに惑う。
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現代語で読む
あの衛門督〔柏木〕は、このようなご事を聞きなさると、ますます消え入りそうになって、まったく頼る方が少なくなってしまった。女宮が哀れに思われなさるので、こちらへお渡りになることは、今さら軽々しいようでもあろうが、院も大臣〔源氏〕も、このようにずっと添っていらっしゃるので、自然と〔人目を〕外して拝見なさるようなこともあろうに、つまらないとお思いになって、
「あの宮に、なんとかして今一度参上しよう」
とおっしゃるのを、〔母上は〕決してお許し申し上げなさらない。〔柏木は〕誰にも、この宮のことをお願いしていらっしゃる。初めから母御息所は、ほとんど気が進みなさらなかったが、この大臣〔頭中将〕が居立ち熱心に申し上げなさって、その深い志に負けなさって、院にも、どうしようかと思いながらお許しになったのを、二品の宮のことで思い乱れなさったついでに、
「かえって、この宮は将来安心で、真心のある後見人を得ていらっしゃる」
と〔院が〕おっしゃったと聞きなさったことを、ありがたく思い出す。
「こうして、〔宮を〕見捨て申し上げてしまったらしいと思うにつけては、さまざまに気の毒だけれど、心ならずも〔短い〕命なので、堪えきれない宿命が恨めしくて、〔宮が〕お嘆きになるだろうことが、心苦しいことです。ご厚意をもってお訪ねください」
と、母上にも申し上げなさる。
「まあ、なんと縁起の悪い。〔あなたに〕先立たれては、どれほど世に生きる身でもないのに、ここまで先のことをおっしゃるのですか」
と言って、泣いてばかりいらっしゃるので、〔柏木は〕申し上げきることができない。右大弁の君にだけは、大方の事どもを詳しく申し上げなさる。
人柄が穏やかで立派でいらした君なので、弟の君たちも、まだ末の若い方々は、親とだけ頼み申していらしたのに、このように心細くおっしゃるのを、悲しく思わない人はなく、邸の内の人も嘆く。
朝廷も、惜しんで残念がらせなさる。このように最期だとお聞きになって、急に権大納言におさせになった。喜びに思い起こして、今一度でも参上なさることもあるかと、〔帝が〕お思いになりおっしゃらせなさったけれど、決して躊躇いきることもできず、苦しい中でも、かしこまって申し上げなさる。大臣〔父〕も、このように重いご寵愛をご覧になるにつけても、ますます悲しく惜しいと思い惑う。
底本:北村季吟編『湖月抄』延宝元年[1673]刊・国立国会図書館蔵 本別3-1 第36冊。本文画像:所蔵機関の公開資料。延宝元年(1673)刊『湖月抄』の大字本文を、国立国会図書館デジタルコレクションの原画像(IIIF)と照合した独自編集本文です。通行字体・現行仮名へ写し、濁点・句読点を補い、反復符を展開しています。発音の読みと独自訳を添え、補った主語などは〔 〕で示します。